鬼の語源(中) -雷神-

前回は瓢岳(ふくべがたけ)の鬼がどうやら牛鬼であり、高賀山および瓢岳の信仰圏にある「宇留良」が「温羅」に関連すると考え、「温(おん)」から「おに」を復元した。
今回は、もう一つ私の頭から離れない仮説を披露してみたい。ただ、読んでいただける水準に至っていますかどうか。
『出雲風土記』大原郡阿用郷の段に「目一鬼」が登場する。鍛工者(たたら)が祖神とする「天目一命」との関連が考えられる。出雲は古代より製鉄が盛んな地だから、さもありなん。ただ、目が一つとされる点が不思議だ。炉を覗いて片方の目が焼けたとか、異種族の特徴を異様に表現したものだとかの説を聞いたことがある。鬼を人とみた解だろうが、なぜか腑に落ちない。製鉄と関連するのであれば、鞴(ふいご)から激しい息吹きを感じ、どうしても轟音と共に竜巻を連想してしまう。
とすれば、「温(おん)」が「生暖かい」義から台風の前兆とすると、いずれも自然現象を原形にしていることになる。ただし、黒雲と共に現れる「鵺、鵼(ぬえ)」が「温羅」の前兆として結びつきやすかろうし、またこの列島には生存しない「猿虎蛇」の「虎」から考えても確かに異形の鬼と結びつきそうだ。
この地においても、大雨や旱は村々の生活を脅かしてきた。台風は水の恵みをもたらす反面、激しい風と大雨が痛手を与えることも多い。恐ろしさは最もその前兆に感じられることがある。これを妖怪とし、行き過ぎた雨が鬼の所業だと考えられたのではなかろうか。
自然現象と鬼と言えば、雷神が思い浮かぶ。雷神に必ず角があるわけでもなさそうだが、たとえ角がなくとも、髪を逆立てた恐ろしい姿をしている。
雷神を鬼と同一視することはできないとしても、この両者が合体したのは存外古いのではあるまいか。雷神は言わずと知れた雷(かみなり)であり、「神鳴り」であった。雷は雷鳴と共に乾いた土地へ恵みの雨をもたらす反面、人や家のみならず、木や森を焼くこともある恐ろしい気象である。旱を解消してくれるのが龍神だとすれば、雷神はその恐ろしい側面を表していることにならないか。
鬼(おに)の語源を和語とみることは難しい。漢語や韓語などが候補に挙がるだろう。『史記』に「是時雷電晦冥 太公往視 則見蛟龍於其上」(巻八高祖本紀第八)とあり、「雷」と「蛟龍」が対比されている。何も語源を大和言葉に限ってしまう必要はない。「鬼」については、『説文』入門(42)で、漢語としての定義について触れておいた。音訓いずれにしても、「陰気が害を及ぼす」点で共通しているかもしれない。
と言うようなわけで、「温(おん)」のみならず、雷の大音声から「音(おん あん)」もまた「おに」の語源候補と考えている。

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