人物画像鏡(26) -訓仮名-
今ごろなぜ画像鏡にもどるのか不思議に思う方も多いだろう。『古事記』を読んでいると「倭男具那」という用例があったので、気になることがあり、接ぎ穂としてここを選ぶことにした。
私はこのシリーズ(10)で「男」「弟」がそれぞれ『古事記』の仮名ではないから、「男弟王」を漢語の句とも考えられるとしてきた。しかし、『古事記』で「男」が「を」の仮名とも考えられる用例が見つかったのである。倭建(やまとたける)の亦名が「倭男具那(やまとをぐな)」とされ、「男」が「を」と読まれている。
まあ、これにしても「おほ」とは読めないだろうから、「男弟」を「オホド」とする根拠にまでは至るまいが、しっかり読み方を検討しておく必要がある。
『説文』の「男」は「男 丈夫也 从田力」(十三篇下245)で会意字。『大戴禮』に「男者 任也」(本命篇)とあり、『釋名』は「男 任也 典任事也」(釋長幼第十・02)、『廣雅』でも「男 任也」(巻六下 釋親・14)で同じ。
段氏は恐らく『大戴禮』などの説を採用したのだろう。自ら『白虎通義』を引いて「男 任也 任功業也 古男與任同音 故公侯伯子男 王莽男作任」と注を施し、更に一歩踏み込んで古くは「男」「任」が同音で声訓だと云う。
音について『玉篇』は「男 奴含切」(男部二十七)、『廣韻』は「男 那含切」(下平聲巻二 覃二十二)で、段氏は大徐と同じく「那含切」。
他方「任」について、『玉篇』は「任 耳斟切」(人部二十三)、『廣韻』は「如林切」(下平聲巻二 侵二十一)及び「任 汝鴆切」(去聲巻四 沁五十二)で、段氏は「如林切」を採用している。
「男」につき、声母の「奴」「那」はいずれも<d><n>を共有すると考えられるので、「ダム(ン)」「ナム(ン)」あたりを復元できるだろう。「任」は声母の「耳」「如」「汝」から、「ジン」「ニン」あたり。
段氏はこれら「男」「任」の古音が同音だとする根拠を示していない。『廣雅』に「南 壬 任也」(巻五上 釋言・107)とあり、王氏念孫は「疏證」で「南 壬 任 古竝同聲」とするので、確かに「任」の古音を「ナム(ン)」と考えられないわけでもない。
以上から、「男」の音を「ダム(ン)」「ナム(ン)」あたりと考えてよさそうなので、「倭男具那」の「男」を仮借字や音仮名とは解せまい。仮にこれが用例の安定した仮名だとしても、訓の一部を借りた訓借の仮名と解するほかなかろう。
仮名の成立には、同一文化圏で継続して仮借が同じ文字を使って行われ、これが広く認知されることが前提にある。とすれば、一音節の音仮名が原形に近いことは間違いあるまい。従って、そもそもまだ仮名も出来上がっていない六世紀の金石文を複雑な訓仮名を用いて読むことは難しいのではないか。