網戸の怪
原因の分からないことには不安を感じるものらしい。昨日の朝、近所の奥さんと町内の世話役が二人で我が家を訪ねてきた。はじめは何の話か腑に落ちなかったが、近くの道路上に網戸が一つ落ちており、我が家の網戸の数が少ないように見えたので確かめるために来たという。
見ると、新品ではないが、まだ使えそうだ。我が家では網戸を洗っている最中で、数はそろっている。念のためサイズを測ってみたが、大分寸法が違う。という訳で我が家のものではない。なんだかほっとした。
あらためて近所の網戸を点検してみる。どの家も、自分のところから落ちたのであれば通行人に危ない目にあわせたかもしれず、あわてて確かめる。どうやら数が足りない家はなさそうである。
となれば、改築などで一旦移動させようとして車から落ちたのではないかと思い、二三軒心当たりを尋ねてみたが、どこも網戸を運んでいないという。
はて困った。
中古品とはいえ洗えばまだ使えるように見えたので、落とし主がまた探しに来るかもしれず、簡単に捨てるわけにもいかない。バブルの時代であれば、産廃の一部を自宅前にすてたと怒り、即刻処分したかもしれない。すっかり時代が変わったのか、或いは私の気が小さいからか、妙に気になる。
そこで少しばかり落ち着いて考えてみた。業者が落としたのであれば、費用にかかわるから、すぐに探し回るだろう。だが、今のところそんな形跡がなく、必要なものとは考えられない。個人だとしても、必要なら、やはりすぐ探しに来るに違いあるまい。
しばらく預かるとしても、いずれ処分せざるをえない。捨ててしまった後、誰かが探しにくることも考えられる。私が勝手に捨てたとなれば、網戸の所有権を犯したことになりそうだ。トラブルを避けるなら警察に連絡する手もあるが、限りなくゴミに近いから、なんだか大げさである。
いつまでも置いておくわけにもいかない。我が家の前は小学校の通学路になっており、そのまま立てておけば、子供の怪我など何かと心配である。必要なものならできるだけ早く取りに来てもらいたいし、必要がなくても早く回収してほしい。私としては、捨てるにしても人に頼まざるを得ないし、何かと鬱陶しい。
考えあぐねていると、作業をしていたある大工さんが、「もう二三日待ってみてはどうか、取りに来なければ処分してやる」と言ってくれた。この辺りが落としどころかなあ。
日常に起こった些細な波紋だが、疑心暗鬼の澱が残ったままになりそうだ。ただ、これによって改めて近所の人たちと親睦を深めることが大事だと感じている。