へつり
たちどころに「へつり」の意味がつかめるのは方言として日常これを使っている人か、言語に詳しい人だろう。私は何のことだか分からなかった。
近ごろ、友人が福島へ出かけた折に、「塔のへつり」という景勝地に行ったそうである。そこで「へつり」に「岪」という文字が使われていたようで、長旅だったにもかかわらず、その時だけ私のことを思い出したと言う。私なら何と言うか、少しばかり気になったということらしい。それでも、嬉しいやら恥ずかしいやら。
まったく歯が立たないのなら書く気も起きないが、少しは見覚えがある。もつれた糸を少しは解けるかもしれない。
私は関西の出身なので、「へつる」「はつる」は「削りとる」「減らす」というような意味が思い浮かぶ。「へつる」は無理せず少しずつ、「はつる」は力づくで削りとるなどに使われたように思う。これが全国でどの程度通用するのか知らない。
ただ「塔のへつり」の写真を見ると、柔らかい岩が雨風により風化浸食して層になっている景観に見えるので、削りとる意味と解せそうだ。
文字について言うと、彼は第一印象として「岪」を「峠」「辻」などと同じように国字とみたようである。実を言うと、彼から話を聞いたとき、たまたま『説文解字』に載るれっきとした漢字であることをうっすら記憶していた。
改めて調べると『説文』山部に「岪 山脅道也 从山 弗聲」(九篇下047)とある。「左右から山が迫り狭くなっている道」あたりか。両岸が迫っている川の用例もある。
「塔のへつり」あたりで川幅がどうなっているのか写真では分かりにくいが、或いはこの辺りで狭くなっているのだろうか。それともへつって塔のようになっているのが語源なのだろうか。その両方という場合も考えられる。
前者だとすれば、しっかり漢語の意味を理解して使っていることになる。いつごろから「へつり」と呼ぶようになったか分からないし、どのぐらい使われているのかも不明ながら、少なくとも江戸時代のしっかりした漢学者なら納得して使っていただろう。
音についても、少しだけ触れてみたい。「岪」は、「符勿切」「符弗切」「敷勿切」ぐらいとすると、まあ仮名で言えば「フツ」「ブツ」あたり。
とすれば「へつ-り」との関連が浮かび上がる。なんだか洒落以上の繋がりを感じるではないか。「岪」の字形を選んだのは、「菊」のように外来語とまではいかまいが、音義共にぴったりはまる字だと確信したからだろう。
後者とすれば、ずいぶん印象が変わる。気になるのは、やはりこの地点で川幅が広いのか狭いのかという点である。
両岸が迫って狭くなっているとすれば、この用語法は絶妙ということになる。今度会うときに、この点を確かめるつもりでいる。