子猫二題

世は空前の猫ブーム、テレビなどの媒体を含めれば、猫を見ない日はないと言ってよかろう。
なぜかここ一月ばかり結構子猫を見る機会があった。私は猫アレルギーを抱えているので、距離をおいている。ここで取り上げるのは野良猫なので、心が晴れるというようなことではない。
二週間ほど前だったか、我が家の庭に子猫がいることに気がついた。南天の根元に居場所を確保しているらしい。上手に隠れて、ちょっと見るだけでは見つけられないほどある。と言っても、私自身が確かめたわけではない。
数日しても同じ場所に居る。とても可愛いらしいので、追い出すことはせずにいたらしい。日に数回親猫がやって来て、ミルクをあげているのか、何らかの餌を持ってきているかしていた。
ところが二三日雨が続いて、終にかなりきつい雨となった。冷たい雨に濡れるのが可哀想と思ったか、子猫の居る上に傘をかけてやったらしい。
どうなったと思いますか。その翌日だったか、子猫はいなくなってしまった。親猫が傘を不審と感じて警戒したのかもしれない。その後は、我が家には寄り付かなくなったようである。
私は仕事場としてもう一軒古い家を借りている。昼間はいないことが多いので野良猫が近付きやすいのか、結構な頻度で猫を見る。
もう一月ほど前だったか、夜中なのに、隣のちょっとしたベランダに二匹の子猫が身を寄せ合っているのを見つけた。
数日前、そのうちの一匹かどうか識別できないけれど、裏庭でやはり同じぐらいの白っぽい子猫を見つけた。私を見て警戒態勢になっていたのだろうが、目が大きくて可憐なので、ちょっとばかり見合っていた。親猫は見当たらなかった。
翌日も、多分同じ子猫を庭で見つけた。見た目は痩せているわけでもないし、皮膚病にかかっている風でもない。
アレルギーのある身なので近づく気にならず、追い出す気にもならず、丈夫に育ってくれればそれに越したことはないというような気分だった。
ところが、近くで猫が事故に遭ったとかで死んでいるのが発見されたと云う。ふと黒雲が蓋ってきた。もしやあの子猫の親ではあるまいか。
飼い猫に比べ、野良猫の寿命は短いらしい。彼らの生きる環境はきびしいので、さもありなん。猫好きの人にとっては耐えられない話かもしれないし、動物愛護に奔走している人なら手をさし伸べない私に不信感を持つかもしれない。
実際目にした子猫が育たないかも知れないと思うと、私とて心穏やかではない。

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