こけら落とし

散歩の途中でよく立ち寄る友人宅で、知り合いの方から伝言があった。何でも囲碁の盤と石を買ったから、「こけら落とし」に一局打ってもらえないかという依頼である。これに至るまでの経緯を掻い摘んで述べてみると、次のようになる。

ある新聞で「この一手」みたいなシリーズがあって、候補手が四つか五つくらいある。私の顔を見れば、その切り抜きを持って、打ち方を聞きに来る。ヘボ碁ながら、私も自分の意見を言うということが何回かあった。どの程度私の意見が正しいのか確認することはなかったが、どうやらここ数回は成績が良かったらしい。そこで私を過大に評価し対局したいという気になったのだろう。大げさな仕掛けなので、断るわけにはいかないようだ。

今まで「こけら」という言葉に随分苦しんできたし、今だにもがいている。私としてはむしろこちらの方に虚をつかれた格好である。「こけら」は漢語で「杮」と書く。「杮」と「柿」はよく似ているが、音義ともに異なる。文字を拡大してもらえば「杮」は木偏の四画、「柿」が同五画なのが分かってもらえると思う。ルーペが常時必要な歳になってますます厄介なことである。

よく知られているので「柿」から取り上げてみると、『説文』では「柹」(六篇上008)に近い形となっている。「姉妹」の「姉」は隷書をもとにしており、もとは「姊」の形で五画、音は「シ」あたり。「柹」の義は熟すと赤や黄色になる例の果物である。私は生食であれ調理したものであれ、柿を大好物にしている。中でも干し柿は食べごろの柔らかいものから水分が相当抜けてしまったものまで守備範囲は広い。さらに干し柿をベースにした柿羊羹ともなれば、果物の中でも相当ランクが高い。

これに対し「杮」(六篇上379)は「𣏕」に近く、「柿」とは相当異なった形をしている。木を削った残りかすの義で、音は馴染みがないかもしれない。「杮」「肺」「沛」は皆つくりが同じで四画、隷書とされているので、この形になったのは漢代になってからと思われる。この中で「肺」は突き抜けて四画でなければならない。うかうかすると五画にしてしまいますぞ。実際ほとんどのフォントでは正しく書かれているのでご心配なく。「肺」「沛」は共に「ハイ」なので、まあこの辺りの音とみておけば大過あるまい。

「杮」の篆書体に近い「𣏕」はまた「𣏟」(七篇下003)の形に近いので混乱しやすい。「𣏕」は木部だが「𣏟」は単独で部首として取り上げられている。「𣏟」は「麻」のことで、广の中に入っている字は「林」に見えるかもしれないが、もともと「𣏟」である。音は「ハイ、ヘ」辺りだから、「𣏕」「𣏟」は形のみならず音も近いので使い分けが難しい。今回はちょっとややこしいことに付き合ってもらい、有難いと思っている。                                               髭じいさん

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