祖師野の森

祖師野八幡宮は私にとって馴染みのある神社で何回も訪れている。伝承では鎌倉の鶴ケ丘八幡を勧請したことになっている。この辺りでは昔から知られた宮らしく、郡上踊りの「かわさき」で「踊らまいかよ祖師野の宮で、四本柱を中にして」「祭り見るなら祖師野の宮よ、人を見るなら九頭の宮」で二度取り上げられている。

「四本柱」を中にして踊ったようだが、これについて具体案がない。相撲場にある四本柱かと考えてみたことがあるが手ごたえがない。このあたりで相撲が盛んだった話を聞かないし、本殿の正面にあるので違和感がある。現在四本柱は拝殿の中にしつらえており、大切にしてきたことが推察できる。ぼんやり想像するのは出雲大社の四本柱だ。この辺りにもぽつぽつ諏訪神社があるので、御柱(おんばしら)と関連するかも知れない。とすれば八幡様以前の古い姿を残していることになる。迂闊にもこの神社の祭りはまだ拝見していない。機会があればゆっくり見たいが、歳をとってしまったので、最早夢かもしれない。

先月末この神社が所蔵する大般若経を虫干しするとかで、友人夫婦と共に出かけてきた。私としてはこれが二度目だろうと思う。但し、若い時のことが微かに残っているので三回目かもしれない。一通り神事が終わったあとに到着した。挨拶をすると、宮司をはじめ氏子の皆さんに温かく迎えられ、その後少しだけ手伝ってきた。

この神社では書写されたものと木版の二種が現存している。私はまず木版の虫干しを少しばかり手伝っていたものの、やはり興味があるのは書写されたもので、古びてやや湿気を帯びているように見えた。奥書のあるものを二三見たかったが、神主さんとの話が中心となってしまい、見ずじまいになった。既に岐阜県史や金山町史などでかなり調べられているのでまあ良いか。今回は前もって高賀山新宮神社の大般若経を実見した人のレポートを読んでいた。史料中、新宮神社の経師だかが祖師野八幡神社へ写経しに行っているというくだりがあり、そのことを神主さんに申し上げたところ興味を示されていた。近在で祖師野八幡が中心になっていた時期がありそうだ。

ここには悪源太義平の話が残っていて、鬼だかヒヒだかを退治したことになっている。現状これを史実としてよいかは分からないけれども、高賀山の牛鬼と関連しそうなことに触れておきたい。

祖師野八幡も高賀山も武儀郡に接している。早くから郡衙が設置されていた武儀に対してこれに接するところに鬼がいるわけだから、四本柱を含め、やや遅れた郡上郡衙の設置あたりまで遡るような気がしている。                                               髭じいさん

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