「ケ」について

「八ヶ岳」や「三ケ日」など地名に多く使われる「ケ」である。近頃追いかけている「ヤト」「ヤツ」「ヤチ」などにも多用されており纏めておきたいとは考えていたが、そのままになっていた。

この間例の友人宅へ立ち寄ると、「中年の随筆家」がおられた。メモに何やら「鐘ケ江」「鐘ヶ江」など「ケ」の大きさを変えた字が並んでいる。興味を引いたので聞いてみると「鐘ケ江(かねがえ)」は彼女の旧姓で、「本籍名は鐘ケ江で「ケ」が大きいけれど、だんだん小さくなって、自分は「ケ」の小さい鐘ヶ江に馴染みがある」というような話だった。

中々難しい問題である。その時思い付いたのは、旧仮名遣いでは音便であれ、すべて同じ大きさの仮名を使っていることだった。この場合「ケ」は連体の助詞で、片仮名とみてよかろう。新仮名遣いとなって、大きい「ケ」が段々不自然に感じられるようになり小さくなったのではないかと考えてみた。

実際に蜜柑で有名な「三ケ日」なら「みつかび」だろうし、「三ヶ日」なら「みっかび」に近い発音になろう。ところが「鐘ケ江(かねがえ)」の場合は発音に関連するようには思えない。誰が決めたわけでもなさそうだから、単なる流行に過ぎないのだろうか。「しおからい」が「しょっぱい」となるように、日本語の中心が段々東へ移動するにつれて、母音が短くなる傾向がある。彼女の馴染みは方言によるか、或いはこの辺りに原因があるかも知れない。

さて「ケ」は仮名の「ケ」以外にも、「カ」「ガ」「コ」など様々に読まれる。これは「ケ」の字が生れた経緯に関連しそうだ。

『説文』によると「箇」は「箇 竹枚也 从竹 固聲」(五篇上086)で、竹を数える単位である。段氏はこの異体として「个」という形を新たに載せる。「个」は見慣れないが、「竹」の左側の形とみればハハーンと了解して頂けるかも知れない。どうやらこの「个」が「ケ」の元になっているらしい。

「个」の音については明らかでないが、異体の「箇」が「コ」「カ」とされるから、まあ同じように考えてよかろう。「箇」の音符が「固」なので、「コ」の方が古いかもしれない。つまり「ケ」という仮名は生まれながらにして「コ」「カ」という音を併せ持っていた。

「鐘ケ江(かねがえ)」は「ガ」なので、これだけではまだ解決したわけではない。私は「ガ」の出自を二つ考えている。一つは「カ」の連濁だが、個数の義を全くもたないのでこの場合は不審だ。もう一つは「ガ」を属格の助詞として「鐘の江」と解すれば、個数とは関連が無く、「ケ」という仮名に連体を表す「ガ」の役割をも持たせたのではないか。

『集韻』は「箇」「个」「介」を異体とするが、『説文』で「箇」「介」(二篇上011)は別だから、「介」が後に仮借として合流したのだろう。                                               髭じいさん

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