藤内(トウナイ)

藤内は、北陸地方で火葬などに従事した人々の称とされる。「藤」と「内」がいずれも音読みされているので、ここではカタカナを振っておいた。

私は藤内について隣県の情報を整理しておらず、彼の地における分布やら、どのような文脈で使われてきたかは分からない。ただ、岐阜県の飛騨地区を中心に幾らかこの地名が分布しており、これとの関連に焦点を当てたい。

まずは語源から。「藤」は「ふじ」という名の植物で、「トウ」という音である。漢字で表記されることがあり、意味を考えて見ると藤内は「ふじ」の「内(うち)」になって、火葬に関連しそうもないし、他と区別する地名としても心当たりが出てこない。あて字でないだろうか。

これまで私は、「東坊(トウボ)」「武洞(ムトウ)」をそれぞれ「塔墓」「無塔」と解釈してきた。これらの「塔」は、「卒塔婆(ソトウバ、ソトバ)」「五輪塔」などの「塔」という訳だ。地名として用例が少ないので確信はもてないけれども、私にとっては消えない仮説である。「塔墓」なら卒塔婆が立てられるので、真宗以前の天台宗ないし禅宗系の土葬墓ということになるし、「無塔」であれば卒塔婆がないことになるので、真宗系の火葬墓と言えそうだ。

「藤内(トウナイ)」は火葬に関連して使われることがある。これを直接墓地につなげるのは一抹の不安があるけれども、葬式や葬列に関連することは間違いなかろうから、埋葬してその上に「卒塔婆」を立てるところまでが繫がれば、墓地内で作業する人達という意味でいけそうだ。となれば、「藤内」はやはり「塔内」ではないかということになる。ここで小字地名の実例を挙げておく。

1 トウ内畑 (トウナイバタ 旧神岡町柏原)

2 藤内平 (トウナイヒラ 旧丹生川村小野)

3 トウナイ平 (トウナイダイラ 旧河合村薬師下)

4 藤内洞 (トウナイボラ 旧加茂郡八百津町)

やはり富山県境に多い。これらの用語がどれほど遡れるかは、火葬のみならず土葬においても使われてきたかに関わる。「藤内(トウナイ)」とほぼ同義で使われる「隠亡(オンボウ、オンボ)」は、飛騨地区及び美濃地区ともに火葬、土葬のいずれの場合にも使われてきた。

この地で火葬が行われ始めたのは、真宗が越前から伝わった十五世紀末から十六世紀初め以後と推定される。但し郡上美並南部では禅宗が広まっており、近年まで土葬が一般的であった。火葬は門徒に限られるし、門徒といえども凡てが火葬だったとは言えないので断定はできないがね。

少なくともこの地区で卒塔婆、五輪塔が土葬に関連する風習であったことは間違いあるまい。「藤内(トウナイ)」が「塔内」と見てよいのであれば、土葬に関連することになり、恐らく真宗の伝播以前に遡れるだろう。                                               髭じいさん

前の記事

民の多幸

次の記事

牛鬼(うしおに)