玄関の修理

この家に住み始めてから四十年以上経っている。その時既に古民家だったから、随分古い。入居する前に水回りや土間の手直しなどを行った。それ以後も水洗やら、台所の改築やらをやってきた。これほど時間と手間をかけているのは、私がこの家を気に入っているからだ。

屋根裏を掃除してもらったときに、棟札が出てきた。確か明治四年に建てられたと記録されていたと思う。それからすると、かれこれ百五十年以上たっている。この間、明方地震などに耐えている。本邦の近代を生き抜いてきたわけだ。

南町は、大正時代に北町の大火を逃れたので、古い家が点在している。新町沿いの旧家は殆んどが商家だし、桜町の某家は石垣があるので上位の武家である。これらに対し我が家はただの民家と言ってよさそうで、庶民の雰囲気が感じ取れる建物となっている。

至る所に町家の特徴がある。一階の天井はそのまま二階の床になっており、町家でも蚕を飼っていたことが知れる。通気や保温に関連するのだろうか。

階段はいわゆる箱段で二カ所に設置できる構造になっているし、表のベンガラ格子も中々風情がある。

気に入っているところは他に幾つもあるが、柱の立ち方もその一つだ。砂利や土で地盤を固めた上に石を据え、その上に柱を立てている。江戸時代から伝わる技法だ。全ての柱がそうだから、床が高く通気がよい。また地震があっても、家全体が動くので初期の強い揺れを緩和する。かくして長年生き抜いてこれたのだろう。

家の向きも、裏に疎水が流れており、風が通って涼しい。雨漏りなどで材が腐ってしまったところを丹念に修理さえすれば、まだまだ現役でやっていけそうだ。

勿論欠点もある。天井が薄いので二階で歩くとミシミシ音がするし、玄関や鴨居などの低いのも難点である。

近ごろ玄関の戸が開き難くなってしまった。これには私に錯覚があった。樋が割れたのを直さなかったので、雨の多い時、玄関上手の柱下部に浸みるようになっていた。これが原因で柱の強度が落ちてこの部分が下がり、そのせいで戸が開き難くなってしまったと考えていた。

ところが建築士に見てもらったところ、まったく逆で、樋から離れた方の柱が沈んでいることが分かった。玄関をサッシ戸に変えたとき、柱を支えていた根太の一部を切ってしまい、強度が落ちて柱が沈んだと言う。流石である。

大工や建具屋とも話した上で、落ちた分二センチほどをジャッキアップして高さを揃えることにした。上げる途中で白壁が落ちる可能性があるので、少しずつやることにしている。玄関の高さは、五センチぐらい高くするつもりだ。

まあゴールの近い身でもあり、死んだ後のことまでどうこう言うつもりはない。                                               髭じいさん

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