手塩
「手塩にかける」は「手づから世話をする」「手をかける」ということで、近ごろあまり耳にしなくなった用法である。こまごました事を丁寧にやさしくこなす辺りの意味とすれば、手間のかかる趣味をお持ちの方なら得心できる表現ではなかろうか。
ここで言う手塩には更に、塩を載せた小皿を「手塩皿」と言い、この皿を省いたものという解もある。膳部に添えて不浄をはらうためとされる。
近ごろ「てしょ」という言葉が気にかかっている。私が明石にいたころ、年配の人がよく使っていたように記憶している。小皿の意味で間違いない。播州弁と推測しているが、どうだろう。
何回か書いたけれども、私の本貫地は明石で、神戸と隣り合っている。言葉もこれに親近感がある一方で、明石は東西に長く、西の方は播州弁にも馴染みがある。
私は今のところ、この「てしょ」は「手塩皿(てしほざら)」が語源ではないかと考えている。
ちょっと種明かしをすると、「しほ」の「ほ」はハ行なので消去されたり、変音することがある。実際、「しほ」が「しお」に替わっている。「塩からい」は「しょっぱい」となることがあり、「しお」が「しよ」「しょ」になるのはそれ程珍しいことではない。こちらの地名にも使われる用法である。
それに「てしょ」の義が「皿」であることから、本来「皿」の意味を持っていたと推測し、語源を「手塩皿(てしほざら)」だと考えた。ただ、これがどれほど遡れるか分からない。
膳に添える「手塩皿」が語源とすれば、播州が塩の名産地であることから、そうとう奥のありそうな語だ。
「膳部(かしわでべ)」まで遡れるかどうか分からないけれども、『播磨風土記』には朝廷や皇族に関する記事が結構載っている。直接塩に関連する記事は記憶にないが、「膳部」を伴っていてもおかしくはなかろう。
とすれば、盛った塩で不浄をはらう意味があるだろうから、門口に塩を盛り不浄な物を入れないようにするというような習慣とも繋がりそうだ。相当古い用例である可能性を持っている。
「てしょ」という一方言が持つポテンシャルがなかなかだと思いませんか。
本邦において塩を作ることは、海水からとるよりないので、並大抵の作業でない。播州赤穂の塩は、天日で干して濃度を高め、さらに煮詰めて精製する。ミネラル分が多く含まれており、まろやかで複雑な味がする。手塩にかけた味がするわけだ。
赤穂の塩饅頭はなかなかいけますよ。若い時から食べ続けているのに、今でも土産でもらうと嬉しくなる。 髭じいさん
