川の流れ

今よりはるかに身近であった川の姿を少しばかり取り上げてみる。地名は土地に記された歴史の刻印であり、川地名も又それぞれの時代、それぞれの土地と川の関わりを示している。

郡上の小字で「長とろ」は、「ナガトロ新田」(大和徳永)、「長戸路」(白鳥二日町)の二例が目に付く。一方はカタカナ地名であるし、もう一方は「戸」「路」を仮名と見ると「長とろ」と同じような表記になる。

「とろ」はこちらでも、川が深くなり、流れが淀んで静かに流れている場所を指すことが多い。相当深ければ、風の無い日に水面が鏡のようになるところもある。「長(なが)」はトロ場の距離が長いことを表すだろう。

飛騨においても「長とろ」と言われるようだが、飛騨北部の宮川村では「長とら」「長トラ」「ナカトラ」等と、「とろ」が「とら」になっている所もある。これらは現地踏査がされていないので音による仮説にすぎないが、まず間違いあるまい。今回は「とろ」「どろ」の違いについては触れない。

先月の8月17日付け「地名と音」の中で、「とこなべ」は「とこなめ」の変化したものと考え、川床の滑からな義と解した。それはそれであり得ると思うけれども、飛騨地区に「鍋とこ」「鍋どこ」という小字があって、「なべ」のまま解することが出来るかも知れないという恐怖が湧いてきだ。「鍋(なべ)」が地形を表すのであれば、川床に大きな窪みのある事を指すのだろうか。

郡上では滝つぼを「釜(かま)」で表すことがあり、「鍋」は深く窪んだ川底で、水が静かに流れているところを指すかもしれない。つまり淵ということになる。こちらで淵は「ドンボ」と呼ぶことがある。

一転して、流れが急である場合は「はしり」が使われるようだ。私はこれを「水走り」と解し、急流を指すと考えている。

「木ワリバシリ」(旧上宝新田)、「大ハシリ」(旧上宝田頃家)、「長ハシリ」「小ハシリ」(旧丹生川折敷地)等である。なかでも「木ワリバシリ」は強烈で、大水が出れば木をも割る程の急流ということになろうか。

「長ハシリ」は「長とろ」と対照できて、なかなか興味深い。どちらも人が向こう岸へ渡るには不便なところで、「長とろ」なら舟の便がよさそうだが、「長ハシリ」なら材木を流すに難しい所となる。

「馬瀬(まぜ)」などの「瀬(せ)」は川が廣く浅くなっていて、人のみならず馬も渡れるところであり、一般にはそれほど流れが急ではない。

かくの如く、水は傾斜や川床の状態によって流れが変わる。人はこの流れを生活の隅々まで取り入れて暮らしてきた。                                              髭じいさん

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