残暑
郡上の徹夜踊りも大過なく終わったようで、まずは安堵している。私が直接の関係者というわけでもないが、町内の役を仰せつかっているので、何やかんやでせわしい思いもしてきた。
踊りも佳境を過ぎ、街中が少しづつ落ち着きを取り戻しているように見える。例年、盂蘭盆が過ぎると何となく秋の気配がただよってくる。晴れた日の日中はまだまだ暑くて残暑と言ってよいのかどうか分からないものの、朝晩は過ごしやすくなってきた。夕方にヒグラシの鳴き声を聞くと、やっと暑さも峠をこしたのかなという実感がわいてくるし、コウロギなどの虫の鳴き声も耳に入ってくるようになった。
ふと考えてしまう。このように夏が過ぎるのを、これから何回経験できるのだろう。
年齢からすれば後期高齢の域に達し、人生で言えば季冬に差し掛かって、まあ終末に近づいていると言ってよかろう。
これまで終活をせねばという焦りがあったのにも関わらす、家の中は古本やら使えない電化製品など所せましと行く手を阻む。
ライフワークにしている辞書作りも、もうゴールが見えない程遠ざかってしまった。これについては幾らか反省がある。、目測をあやまり、取りあえず走り出してしまったことに根本原因があった。すでに最初からボタンを掛け違えていた。
自分の能力を過信していたわけではないが、何とかなるだろうという甘い見通しをこの歳になっても修正できない。泥沼に首まで使っているのに未だに能天気である。棺桶に入るまで、こんな事を繰り返すのだろうな。
まだ、セーブしながらも、現役で仕事をやり続けている。いい加減、若い連中にバトンを渡せばよいのに、事情があって続けざるをえないのだ。
同年代の連中は、百姓仕事やシルバーのメンバーとしてそれなりに現役でやっている人もいるにはいるが、どっぷり年金生活に入っている人が殆どである。私も隠居を楽しみたい望みがないではない。だがまあ、これも人生。体が動く間は地味にやり続けるのもありだろう。
体の事を言えば、筋力が落ちて姿勢が悪くなってきている。朝、ちょっとした体操を続けているのでそれ程目立たないにしても、内臓を圧迫して、逆流性食道炎をよく起こす。
目はすっかり見えにくくなってきたし、自前のしっかり歯はすっかり減ってしまった。幸い、まだ耳はそれ程衰えていないのが救いと言えるかもしれない。
足については、同年代の連中に自慢できることがある。これまで何十年も自転車通勤だったからか、たまに痺れたりはするものの、まずは健常と言ってよい。どんな姿でゴールするのか未だに見えない愚かさよ。 髭じいさん
