昆布の話

近所に住む長老から山芋の「とろろ」をいただいた。自慢するだけあって、さすがに美味い。土を洗い落としておろし金であたり、出汁で緩めたものである。出汁は、恐らく鰹と昆布でとったものだろう。奥さんの話から、昆布は確かである。
ちょうど、藤原京出土の木簡に載っている「軍布」について考えていたところであったから、これを機会に少しまとめてみたい。「海評佐々里 阿田矢 軍布」というもので、『倭名鈔』に「隠岐國海部郡佐作郷」とあること、杉材でつくられていることから隠岐国のものとされる。「評」「里」などでも更に議論が必要かもしれないが、ここでは「軍布」に焦点をあてよう。
「軍布」は、一般に「め」と訓むらしい。「海布」「海藻」を「め」と訓み、「軍布」も同じく海草であるから、「め」と訓むのが妥当と考えたのであろう。
『万葉集』巻三に「志可の海人は 藻刈り鹽燒き」(0278)等とあり、「藻」を「め」と訓む。この「藻」を他と区別するために「海藻」と表記し、その形状から「海布」とするまでは何とか理解できる。因みに、「若海藻」「稚海藻」が「わかめ」である。
だが、「軍布」となると原型の「藻」「海藻」から離れすぎている印象がある。音仮名と考えたくなるのが成り行きではなかろうか。
「軍」は『玉篇』で「居云切」、『廣韻』は「舉云切」。『説文』十四篇上304段注は『廣韻』説を採用してやはり「舉云切」、『集韻』で平聲「拘云切」だから、仮名音で言えば「クン」あたり。「渾身」の「渾」が仮名で「コン」であるから、これも視野に入る。
「布」は『玉篇』で「本故切」、『廣韻』は「慱故切」。『説文』七篇下377段注及び『集韻』は『廣韻』説で去聲「慱故切」だから、仮名で「ホ」「フ」辺り。
従って「軍布」は「クンフ」で、[n]の後が濁音化して「クンブ」となれば「昆布(コンブ)」、「軍」が音借とすれば「コフ」「コブ」あたりが思い浮かぶ。隠岐の国で昆布が採れたのかどうか知らないが、音から考えると満更でもなかろう。この仮説は、「軍布」の実態が「わかめ」であっても困らない。さてさて、昆布のようによい味がでましたかどうか。

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