感謝状
郡上八幡の酒飲みなら知らぬ者がない「大熊(オオクマ)」という名物飲み屋がある。私は、近所に住んでいるのでその前をよく通るが、この頃「本日休業」の札がぶら下がっているのを目にする。
すこし背中を丸めて、こまめに仕事をしているよっちゃんの姿が目の奥に残っている。
オオクマは安い。だが、得意の串カツをはじめ季節の料理はなかなかのもので、地元の食材を使って地元の味を守っていたから人気があるはずだ。
夏なら日が高いうち、冬なら夕暮れ時になると、どこからともなく、そこらのおじさん連や若い衆がぼつぼつ集まってくる。最近は女性の姿が見られるようになっていた。
熱燗は頼むほかないが、ビールは自分で冷蔵庫から取り出し、肴はよっちゃんが作るのを辛抱強く待つ。だが、誰かれなく話がはずむので、時間を持て余すことはない。
長居する客ならマッチの軸を並べたり、メモしたりして、何を食べ何本飲んだかを確かめている。自己申告制なのだ。
私がオオクマに行くようになって三十年ほどになるが、これでは常連にはなっても古参というわけではない。
私が良い客かどうか分からない。月一回の頼母子(飲み会)のほか、盆正月の前に今流行の「自分へのご褒美」として、熱燗一本かビール一本をおでん等でゆっくり飲むのが恒例になっていただけだから。
よっちゃんは人柄もよく、教養もあり、近所の評判も悪くない。私の孫の誕生を祝っていただいたことが忘れられない。
ところが、彼女が風呂で滑って肋骨を折ってしまった。痛みが取れて完治するのに数ヶ月かかるという。少し痛みが取れた頃に再開してみたが、やはり痛みがぶり返す。とうとう彼女は、年齢も相当であり、客に迷惑をかけたくないという理由で店をたたむ決心をしたのである。
彼女の決意を尊重し、健康で長生きできるよう祈りながら、ここに長年安らぎの場をあたえてくれたことに対し感謝状を贈ることにいたします。さて、これから盆正月の区切りをどうしよう。