『説文解字』入門(9) -東考-

今回は、東西南北の「東」について考えてみたい。『説文』の説を楽しんでいただけると思う。
「東」(六篇上420)は「東 動也 從木 官溥説 從日在木中」とある。
まず「東 動也」だが、難しい。東は五行で春だから、「万物が動き始める」というぐらいの解で勘弁していただく。又これは「東」を「動」(十三篇下269)という似た音で説明する声訓といわれる解釈法でもあり、なんとなく洒落ている。
「從木 從日」は「木」と「日」の会意字で、段氏は「木 榑木也」とし、木が「榑木(扶桑木)」であると説いている。
「在木中」は、官溥の説を採用して、「日」が「木」の中にある字形と解く。
これには伏線があって、『説文』に「杲(コウ ゴウ)」(六篇上201)、「杳(ヨウ)」(六篇上202)という字が収録されている。「杲」は日が木の上にあるから「明るい」、「杳」は日が木の下にあるから「冥(くら)い」ということになっている。いずれも木は榑木である。榑木は、榑桑(扶桑)のことで、ここから日が昇る神木だ。
従って、太陽が木の下にある「杳」から、木の中にある「東」になり、更に木の上にある「杲」になるという訳だ。大変面白い考えだが、金石文及び甲骨文の研究の進んだ現在では、「東」は両端を括った袋の形と考えられており、誤りということになっている。
研究成果はそれとして敬意を払わねばならないとしても、篆書体から考えて、秦漢代には『説文』が説いた「東」の定義が「通説」ないし「定説」であったことは間違いなかろう。『廣韻』でも『説文』の説を採用しているから、長い間これが受け継がれたのである。