極楽トンボ

私は末っ子で、「おとんぼ」と呼ばれて育った。決して豊かな生活ではなかったが、兄姉が苦しんだことを経験せずに成長してこれたように思う。私は、少年期のころからリヤカーを引いても電柱にぶつかるなど気楽な性分で、「極楽トンボ」と呼ばれていた。なぜこれを思い出したかを書こうと思う。
八月のことである。孫の帰郷ということになり、あわただしい日々を送らざるを得なくなった。彼はごくありふれた少年といってよく、去年は、興味が車に偏っていた。ところが今夏は車に対する執着心がやや退き、中心が「虫」になっていると言う。帰ってくると案の定で、彼は「カブトムシ」「クワガタ」などをどう調べたのか私より詳しい。
というようなわけで、滞在中の毎日、朝は市内を循環するバスに乗り色々な「仕事をする車」を見て、午後からは虫取りに付き合うことになった。網と虫かごを持ったじいさんと孫の図は奇妙だったかもしれない。
お盆の頃だったからか、近くに適当な林がなかったからか、彼の望むカブトムシやクワガタを見つけることはできなかった。それでも彼は、興奮して、バッタやウマオイなどを追いかけていた。
私はトンボを採ることに結構自信があり、網を振り回さず、トンボがやってくるのを待って一撃で捕まえる。ある日偶然にも一振りで網に二匹入っていて、私は興奮気味になり、彼は魔法を見ているような顔をしていた。まぐれとは言え、面目を施す結果になったのは幸運であった。吉田川の川べりでも網を振り、オレンジ色のアキアカネや羽の黒いトンボをかなり捕った。夕食後、すべてリリースしたのは言うまでもない。
少年期にも羽の黒いトンボを捕まえたかどうか記憶がない。調べてみると「羽黒トンボ」だということが分かった。イトトンボ系のカワトンボ科だそうで、胴と尾が細く、羽が黒い。またの名を「極楽トンボ」「仏トンボ」と言うらしいが、その由来ははっきりしない。
夕日に群れて飛ぶ赤トンボから、「極楽トンボ」はアキアカネを指すという説もあり、なるほどと思われる。だが、私が呼ばれていたそれがアキアカネを指すのか羽黒トンボを指すのかよく分からない。