『説文』入門(24) -「鈕」-

いわゆる志賀島の金印は、その仕様のみならず「漢委奴國王」という文面からも、後漢朝の官印である。従ってその材質や「璽・章・印」の表記のみならず、鈕の形にも制約がある。漢朝においては、鈕に何を象るかについても、厳密に決まっていたと考えてよかろう。
鈕は印を持つところで、紐を通すために穴が開いており、その紐にもステイタスがあった。「鈕」「紐」が字形においても関連しそうな点がおもしろい。
『説文』で「鈕」は「鈕 印鼻也 从金 丑聲」(十四篇上077)、「紐」は「紐 系也 一曰 結而可解 从糸 丑聲」(十三篇上137)となっている。声符がともに「丑」であり、段氏は『廣韻』説を採りいずれも「女久切」で同音に読んでいる。
『漢官儀』によれば、
「諸矦王黄金璽 橐駝鈕 文曰璽」、
「列矦黄金印 龜鈕 文曰章」、
「丞相大將軍黄金印 龜鈕 文曰章」、
「中二千石銀印 龜鈕 文曰章」、
「千石六百石四百石銅印 鼻鈕 文曰印」
などとなっている。この他、近隣の異民族へ与えた官印の鈕は羊、駱駝などを象っている。
金印の鈕は蛇である。鈕に龍虎が施されていれば「龍虎鈕」、亀であれば「龜鈕」と呼ばれるから、金印の場合は「蛇鈕」と言えそうだ。
『詩經』「如蠻如髦」(魚藻之什・角弓8章)の毛伝に「蠻 南蠻也」とあり、同じく『説文』でも「蠻」は「蠻 南蠻 它種」(十三篇上407)である。「蠻」の段注が要を得ているので引用すると、「説从虫之所由 以其蛇種也 蛇者 虫也 蠻與閩皆人也」となっている。字形に含まれる「虫」は「蛇」の意で、「蠻」「閩」が蛇名ではなく種人を指していると云う。
『史記』越王句踐世家に「後七世 至閩君搖 佐諸侯平秦 漢高帝復以搖爲越王 以奉越後 東越 閩君 皆其後也」とある。越王の無彊が楚に敗れて七世後、閩君揺という者が秦を平らげることに功があり、郡国制のもとではあるが「越王」に取り立てられた。「閩」「東越」はその越王の後だと云う。
『説文』で「閩」は「閩 東南越 它種」(十三篇上408)であり、「閩」を東越と共に「它種」と解していることになる。
また『釋名』も「越 夷蠻之國」(釋州國・26)とするから、漢代にわたって南蛮が蛇種であり、また越種を蛇種と考えていたことも確かである。
「滇王」の印は、蛇鈕であり、「滇國」が「南蠻 它種」の範疇にあったことを示しているだろう。金印も、蛇鈕から、やはり「南蠻 它種」を背景に持つ者に与えられたと考えてよいのではないか。