方言と歴史学(5) -四つ仮名-

複雑な問題が山積するので、中間報告という形で書くことにする。
四つ仮名は「ず・づ・じ・ぢ」の四つが、しっかり別音として認識され、書く際にも混乱せず使えることをいう。これに対し二つ仮名は、「ず・づ」「じ・ぢ」の発音が徐々に聞き取れなくなり、「ず」「じ」の音のみ認識されてそれぞれの表記が混乱する。
この他、「ず・づ」の区別はないが「じ・ぢ」は判別できる三つ仮名(大分県など)、「ず・づ・じ・ぢ」が全て判別できない一つ仮名(東北や出雲など)の場合があるとされる。
これらは教育の分野のみならず、広く現代文化にも陰を落とす問題を含んでおり、軽々しく扱うべきではないが、ここでは少しだけ気になる点を取り上げてみる。
以前に、越前の平泉寺・白山奥院に「越南知(オナンジ)」が祀られ、奥美濃の長滝寺・白山奥院に「越南智(オナンヂ)」が鎮座していることを書いたことがある。
だが、なぜ一方が「ジ」で他方が「ヂ」であるのかについては、音韻論としておおよそ「チ」が撥音便の後で有声音の「ヂ」に変わり、四つ仮名の区別がつかなくなって「ジ」の表記になったと考えた。だが、この変化がおこった時代の想定やそれぞれの地域性に触れることができなかった。
また、ここしばらくテーマにしている「九頭龍(クズリュウ)」でも、何の説明もせず、「國巣(クズ)」との関連を示唆した。「頭」は、『説文』段注は『廣韻』を採用して「度侯切」(九篇上002)、『玉篇』では「達公切」である。これから北音では「トウ」、南音で「ヅ」辺りで伝えられただろう。後に「ヂュウ」という音も伝えられたようだが、これらとは関連なさそうだ。これに対し、「巣」はそれぞれ「鉏交切」(六篇下036)、「仕交切」であるから北音で「セウ」、南音で「ゼウ」あたりが考えられる。
これからすると厳密には、「九頭」は「クヅ」になり、「國巣」は「クズ」になりそうだから両者には関係がないようにみえる。
だがこれには、どの地域でも前提として四つ仮名があり、平安後期以後に音変化して二つ仮名になっていくという論理が隠れている。
私は、どうもこうは簡単に割り切れないと考えている。仮名の成立には、背景の音体系が異なる幾つかの源流があっただろう。仮名の成立期から四つ仮名であったというのは一つの仮説に過ぎないのである。
例えば、二つ仮名に四つ仮名が重なり、再度二つ仮名に強く影響されるということもあったのではなかろうか。「九頭」の語源が法華経とすれば「クヅ」と考えてよかろうが、「國巣」が二つ仮名で「クズ」だったとしても僅かながら「クヅ」に遡れる可能性も否定できない。「越南知(オナンジ)」「越南智(オナンヂ)」については、上記の音変化と共に、越前と奥美濃で仮名の受け入れ方が異なっていた可能性も残っている。

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