ドアのノブ

日常というのは、私にとって有難いことである。それなりには食えるし、どこといって痛いところもない。些事に煩わされるというのも、見方によれば、心穏やかに生きている証拠かもしれない。
便所のドアノブが抜けてしまった。お客がいる時だったので、まずいことになったものだ。私が気づいたのはかなり後だったようで、心配をかけてしまったのではなかろうか。
これが初めてのことではなく、三度目あたりだから、だれのせいでもなく強いて言えば主の責任である。
前二回ともに、私が「修理」した。修理といっても、何とか使えるようにしたというだけで、正規のやり方であったかどうかあやしい。
今回も当然、私が直すことになった。写真や図を使って説明するのが分かり易いが、備忘録として、描写だけで手順を書いてみようと思う。
この歳になると、前にどうやって直したのか、はっきりとは思い出せない。あはは、この文には見栄があるな。若いときから物覚えが悪かったから、「私の記憶力に問題があって」と書くべきか。
とりあえず、取れてしまった内側のノブと接触部分をじっと眺めてみた。手順を思い出せない。構造はいたって簡単である。部品は穴の開いた小さな円形の薄いスチール板、一部が欠けたスプリングと思われる一重の輪、そして二つに分かれたノブの部分である。
何度も円形の板を接触部分にはめ、なんとなくその上にスプリングをのせてノブをねじってみたが、やはり簡単にはずれてしまう。裏表をかえたり、スプリングの位置を変えたり、いろいろと一時間ほどやったのに、全然はまらない。
外側のノブはセットになっていて、内側からボルトで固定しているから内側のそれとは関係がない。どうしてもノブが接触部分に引っかかるイメージが涌かないのである。
とうとう、仕方なくシュミレーションとしてノブの接触側にある鉤部分を円形の板にはめてみた。するとやっと構造の一部が理解できた。まず円形板をノブの鉤にはめてから、指定された位置にセットして、ノブの中ねじで締めればよいことが分かったのである。やっとこの段階で、解決できた記憶が蘇ってきた。
それから、スプリングと思われる輪を載せてから自信を持って締めると、やっとノブが指定位置に固定できた。ただし、輪の役割がすっかり分かったわけではない。
まあこんな状態だから、また、いずれはずれてしまうだろう。だが、とりあえずは使えるようになったので、ほっとしている。
大した筆力もないのに言葉だけで顛末を書こうとしたのは、ここにいたって、無謀だったような気がしてきた。