失日

「失日」は「しつじつ」と読み、日を忘れることである。これまで地区の役員会で出席を欠かしたことは無い。今回は地蔵祭の準備をするというので、段取りやら役割分担を決める大事な集まりだった。

昔とは違いサラリーマンなど外へ働きに出ている人がいるので、役員会は週末の朝早くに開かれることが多い。というようなことで、何日も前から日曜の朝を意識していた。

朝十時頃だったか、我が家に区長がやってきて役員会について話をしている。私はてっきり、明日の役員会で相談する内容だと思って聞いていたが、どうも行き違いがある。それでもその内容に合点がいくので、続けて聞いていた。

話が終わり彼の帰った後、昼前だったと思う。はたと気が付いた。何と今日は日曜日ではないか。これで前後関係がすべて解けた。私は朝から土曜日だと思い込んでいたのだ。

そうか、彼は役員会の結果を話していたのだ。違和感の原因がすっきり分かると同時に、じんわりショックを受けた。

私は若い時から物覚えがよいとは言えず、頓珍漢なことが少なからずあった。学校へ行っていた頃は忘れ物がしょっちゅうあったし、勉強にしても興味が薄いものは右から左へ抜けてしまう。

学生時代にどこかで傘をなくし、途中新たに買った傘もその日になくしたことがある。私が高価なものを身につけなくなったのは、すぐに無くしてしまうからだった。

だが壮年期には傘も忘れる事が少なくなっていたし、人並みに暮らせていたと思う。これには秘密があって、物忘れはもう直せないと覚悟を決め、忘れてもよいようにあらかじめ用意するようになったからだ。

今回ショックを受けたのは、年齢が重なって後期高齢者になっているからだと思う。これまでの忘れ方と違っているかもしれない。認知症が頭をよぎる。

前後を冷静に考えると、曜日の感覚が狂ってきているかもしれない。それなりに現役で仕事をやっている身であるから、週央については意識がはっきり持てている気がする。ただ週末になると、曜日の感覚が抜けていくのかな。

「失日」については『韓非子』に「紂爲長夜之飲 悞以失日 問其左右盡不知也」(22 説林上・27)という文がある。殷の紂王が長夜の宴会で酒を飲んで日を忘れてしまい、左右にいた者達に聞いても分からなかったという。

私の場合は、これほど何かにかまけて居たわけではないので、寄る年波には勝てないということか、それとも人生を通じての宿痾なのか。ただ、これと言ってリハビリする気にはなっていない。                                              髭じいさん

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