那留(なる)
普段目にしたり耳にしたりするものは自然と記憶に定着する。ところがこれが眼前から消えてしまえば、徐々に輪郭が薄れ、中身もぼやけてくる。生き物である以上、ある程度やむを得ない気がする。
数日前に、再度熊本で大地震があった。亡くなった人へは哀悼の意を伝えたいし、罹災した人には暑いので涼しく過ごしてもらいたいと思う。
私は三十年ほど前、阪神淡路大震災を経験した。大まかには覚えているが、その時に感じたことなどはもう鮮明に思い出せなくなっている。心に深い傷を負った人なら日常で心血を流すとしても、生きていれば雑事に追われ、辛かったこともいずれ隅に追いやられることも多くなる。余震もある中、無事に過ごされんことを願っている。
那留は郡上市白鳥町にある大字である。「那」「留」は共に万葉仮名として使われている由緒正しい仮名である。仮名である以上、その字面を追いかけても得るものはない。
地名はそれ自身が文化遺産であるから、まずはそのまま、まな板に載せてあれこれ考えてみることになる。ところが「なる」だけでは取り付く島がない。
白川村の椿原に「ナル洞」という類例があるものの、「なる」の用例はそれほど多くない。なのでかつては「なる〇〇」など語句の一部であったものが省略されて、「なる」だけが残ったと考えるとスタートラインに立てる気がする。
幸い那留へ行ける便があったので、前日はちょっとばかり高揚した。なぜか「鳴滝(なるたき)」「鳴瀬(なるせ)」など「なる〇〇」の形ばかり浮かぶ。前に「鳴石(なるいし)」のことも聞いていたので、これらを中心に地元の人の話を聞こうという方針をたてた。
那留は長良川支流の和田川奥の台地にある。一通り回ってみたが、知られた滝もないし、これと言って音の目立つ瀬があるように見えなかった。
途方に暮れていると地元で草刈りをしている人に出会い、あれこれ聞いてみても滝やら瀬の話は出てこない。ただ「鳴石(なるいし)」のことは聞いたことがあるという。実際に鳴石を持っていたが小学校へ寄付をしたというような話をしていた。残念ながら休みだったので 、小学校へ行って確かめることができなかった。
他にも地元の何人かに聞いてみたが、同じような話しだった。
かくして「鳴石(なるいし)」が実際にどんなものか見れなかったが、鉄分で砂や小石が固められるうちに、中に空洞ができて取り残された小石が鳴るようだ。
『新撰美濃志』に「此地石塊に音響を発するものを産出す、鳴ケ野の名称蓋し之によりたるものならむ」とある。
無論これで確定したわけではないが、白鳥の「那留」は「鳴石」が有力ではなかろうか。「鳴る」が四段活用なら「鳴る」は連体形、また連用形が名詞化しそうなので「鳴り」も視野に入る。白川村椿原の「ナル洞」や旧上宝村吉野の「ナリ岩」は、頭を又まっさらにして始めなければなるまい。
髭じいさん
