白字考

「白」で困ってきたと言っても私は絵描きではないし、また長年白い木綿の下着を身につけてきたとしてもこれで苦労してきたわけではない。実は、「白」という字が腑に落ちないのである。
「皆」の下がなぜ「白」なのか、今の字で「魯」「者」「著」などは「白」ではなく「曰(いわく)」を使っているのはなぜか、など未だによく分かっていない。
私は毎日古い辞書を眺めて暮らしている。テーマになる字ぐらいは纏めてあったとしてもおかしくないが、放置したままで、ぼんやりしている。今回は気楽に取り組んでみたい。
現代の多くの辞書では、国語辞典でも漢和辞典でも、「白」という題字で「あきらか、しらむ、しろ、しろい、せりふ、もうす」などの意味を持つとされる。
つまり「白昼」「白馬」「白日」などまさに「白い」義を表すものと、「独白」「敬白」「建白」「白状」「科白(せりふ)」など「白す」の意味をもつものと二通りに使われている。してみると、「潔白」はどちらに入るやら。
今から約千五百年前に編纂された辞書をもとにする『玉篇』では、やはり「白い 明らか、語る」の義となっている。しかしこれでは、なぜ「白」が「白い」と「言う、告げる、語る、申す」の意味を併せ持つのか分からない。
そこで後漢代に編まれた『説文解字』という辞書にあたってみると、「白」の字が異なる場所に二つ載っている。つまり、異なる字として収録されているわけだ。
一つは七篇下(387)にあり、「白 西方色」とするから、「白い」の意味。音はまあ「ハク」あたりでよかろう。なぜか白が陰陽で陰の色とされている点が面白い。
もう一つは四篇上(128)にあり、「白 自字也」とややこしいことになっている。この場合の「自」は「鼻」のことで、鼻から息が出るように、心の中にある言葉が外へ出てくると解釈している。そう言えば「自」の横棒を一本取れば「白」になる。字形からすれば、俗解にならないかもしれない。これに関連して音を「シ」「ジ」あたりにする説もあるが、自信はない。
『説文』は字形を中心に言葉の成り立ちを述べることが多い。篆書まで遡れば、二つの「白」は明らかに字の形が違っている。
「白い」方は、金石から甲骨文に遡っても、あまり形が変わらない。象形字らしいが、字源は「骨」「どんぐり」「日光」の三説あるようだ。
ところが「白(もうす)」の方は紀元前三世紀後半あたりまで遡れるとしても、寡聞ながら、それ以上は知らない。続々と発見されている文字史料で「告げる、語る」の用例が発見されているかもしれない。
とすると、「白書」が「建白」などと同じ「白」なら、「青書」などの用例はどんなものか。

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