制度(8) -公正な歴史-

日本はこの前の大戦で手痛い敗北をきっし、戦後は平和主義を国是として立ち直ってきた。その間、隣国への出兵を深く反省し、賠償や経済協力などを通じて戦後処理をしてきた。ところが、中国などが戦後体制を崩すことにより、様々な課題を残しながら、日本の戦後もまた終焉してしまった。今般の政情に利用される懸念があるとしても、遅ればせながら、慰安婦問題について定義するよい機会かもしれない。
「声明」の中に「公正な歴史」「正しい歴史」という句がある。彼らの主張の中で最も違和感のある用語だと思う。彼らの文脈で考えてみるのがフェアだろう。3例ある。
1 日本の多くの勇気ある歴史家が、アジアでの第二次世界大戦に対する正確で「公正な歴史」を求めていることに対して、心からの賛意を表明する。
2 「正しい歴史」への簡単な道はありません。
3 過去のすべての痕跡を慎重に天秤に掛けて、歴史的文脈の中でそれに評価を下すことのみが、「公正な歴史」を生むと信じています。
1の用語は丁寧にみえるが、基本の認識に疑問がある。彼らの「公正」が誰にとっての公正なのか。彼らが勇気ある歴史家と評価しているのは一体誰で、勇気のない歴史家は誰なのか。勇気ある歴史家が「正確で公正な歴史」を求めているそうだが、現状、研究するのに勇気を必要とする時代なのか。自分たちと見解を共有する者たちを持ち上げているに過ぎないのではないか。
古今東西、公正で崇高な歴史など見当たらない。自分にとって都合のよい史料を集め主義主張するのは、歴史学というより、単なるプロパガンダに過ぎまい。歴史家は政治家でもないし、歴史を裁く裁判官でもない。
建て前を別にすれば、誰かの「公正な歴史」は誰かにとって「不正な歴史」である。意見の異なる者がしっかり議論することによってしか共通認識は生まれない。妥協せず共通項を括り出し、これを史実の一端として、市民に提示することが欠かせない。
2 「正しい歴史」となると見当がつかない。公的資料によって何が裏付けされているのか広く議論したか。歴史家の仕事は決して好みの歴史を生むことではないし、神託を陳べることでもない。ひたすら史料を集め、それぞれ考証した上で、一つ一つ議論の俎上に載せる。かくして自らの愚かなるところを知り、また史料をあたる。この作業を繰り返し、史料の余白を減らしていく。
3 すべての痕跡を集めても歴史は成り立たない。痕跡は単なるかけらに過ぎない。第一彼らは全てを集めたのか。ある価値観で基準を設け、これに合致すれば公正で、さもなければ公正でないと評価するのか。とすれば彼らは皆、勝利者の船に乗って、船酔いしていることになる。なぜ日本と日本の首相に呼びかけたのか、日韓条約などの評価を含め「歴史的文脈」で語ってほしいものだ。

前の記事

オニヤンマと並走

次の記事

一期一会