近ごろテーマが

近ごろテーマが偏っているかもしれない。生活が単純化し、考えることが行ったり来たりするだけで、目が外側へ向いていない。今回は塩分について考えてみよう決めていた。食べ物に含まれるそれである。
私は関西の出身で、もともと薄味を好む。今思い出すと、こちらへ引っ越したばかりの頃、友人たちと集まって野外で食事をつくる機会があった。
なぜか私が筍の調理をすることになった。その時に採ったものか、誰かが持ってきたものか覚えていない。いずれにしても、採れたばかりの筍を使っていたから、初夏だと思う。
新鮮な筍なので、さほどアクも出まいから、スープを作ることにした。今となっては他のメニューが思い浮かんでいたのかどうか怪しいが、とにかくワカメと合わせて汁を作った。私がワカメを持参したのか、予め誰かが用意したものか分からない。
その時、頭の中には、なぜか信長のエピソードが浮かんでいた。彼が上洛したおり、京の料理人に作らせたものが皆薄味だったので激怒したというものである。史実なのかどうか確信はないが、確かに京都は、私の故郷より更に上品な味だったと思う。
私はけっこう京都の生活が続いていたので、みそ汁や漬物でさえ薄味に慣れていたと思う。こちらへ来るようになって、それを自覚することが幾度もあった。
筍とワカメの素材は申し分ない。問題は出汁と煮る時間、そして塩加減である。大きな鍋だったので出汁が足りないような気がしていたが、筍からもワカメからも風味が出るし、多い目の塩で調味すればよいだろうというような軽い気持ちだった。
勿論、味見はした。心配だったので、さらに塩を加えたように思う。そして試食。誰もが顔を見合わせるような雰囲気、あれおかしいな。誰かが口を開いて、「薄い」。その後慌てたことは覚えているが、どのように塩梅したのかは覚えていない。
あれから既に三十年以上経っている。近ごろは、みそ味でも醤油味でも、少しは地元の味になじんできた。それでもまだ地味噌は塩辛いと感じるし、地元の店でラーメンを食べても味が濃いというより塩分を強く感じる。
また、漬物も漬かりが浅いと塩気が勝っている。低温で十分発酵したものは塩みが丸くなって食べやすい。それにしても、どんぶりに入れてばくばく食べるというようなことはできない。
味覚もまた、季節や体調のみならず、その土地の文化によっても形成されるようだ。近ごろ我が家の塩加減からすれば、それぞれの土地で更にどれぐらい年月を経るかによって変わっていくような気もする。これが風土というやつかもしれない。
郡上を離れる若者へ贈る言葉として決めている文句がある。「ラーメンの汁を飲み干すな」というものだ。私は青年期に、腎臓病で二人の友人を失っている。

前の記事

屋根の修理

次の記事

「ら」の話