囲炉裏

題を漢字で「囲炉裏」としたが、これでよいという確信はない。私は瀬戸内海の穏やかな気候のもとで育ったので、「くど」は見たことがあるけれども、「いろり」には縁がなかった。どこかに憧れがあるかもしれない。
近ごろこのあたりでは、相当な田舎へ行っても、囲炉裏のある家は殆どない。ただ、明宝に鎌倉時代からいろりの火を守っている家があると聞いている。
「囲炉裏」のうち「炉」についても自信がなくなってきた。「フロ」「クロ」などと通じるのだろうか。冬場に、炉の火を囲んでゆったり飲み食いする図が浮かんでくる。
岐阜県の方言地図を引っ張り出してみると、この辺りで「イロリ」(明宝 美並 和良の一部)と呼ぶところは存外狭く、「イルリ」(白鳥)、「イルイ」(大和 八幡)など呼ぶ地区がある。このあたりまでなら「イ」でよろしいが、「ユルイ」(高鷲)と呼ぶ地域もある。
飛騨地域は広いものの、郡上に近いところは「イロリ」「イルリ」が多いようだ。とすれば、例外があるとしても、「イ (囲ないし居)」も自然な用語に見える。
ところが、「リ」が「裏」に充てられているのがよく分からない。古語に遡るほど「リ」が語頭に立つ例は少ないので、あまり知られていない接尾辞か何かの音韻変化によるかもしれない。
今回はこのいろりを囲む席について触れるのが本論である。いろりは正方形であることが多い。郡上ではその家の主が座る席を「ヨコザ」という。郡上一円で「ヨコザ」と呼ばれ、今のところ例外が見つからない。岐阜県では飛騨地域でも「ヨコザ」なので、このあたりでは普遍性のある呼び方のようだ。越前では、鯖江などでやはり「ヨコザ」と呼ばれているようだし、加賀の羽咋や能登の輪島では「ヨコジャ」になるらしい。
いずれも「横座」の義とみられる。なぜ、そういう呼び方なのか分かりそうで分からない。私は、次の二通りを考えている。
1 仏壇が客間(デイ)の方に開いている場合、その左側面を背後にして座るので横座と呼ぶ。これなら玄関から向かって正面に座っていることになり、上座、下座の意味が分かりやすい。旧東村の旧家がこの形になっており、その他に幾つか例がある。
2 仏壇が囲炉裏の方に開いている場合、主人がこれを背後に座るので自然である。玄関から入って、正面ではなく左側の席に主人が座ることになる。主人が横向きになっているので横座と呼ぶ。これにも実例がある。
いずれにしても、仏壇がどちらを向いているのかが基準になっているのではなかろうか。横座は、その家の中心に仏壇を据えて代々の先祖を敬うことに関連しそうだ。仏壇にはその家の過去帳があり、先祖が祀られている。とすれば仏壇を家の根幹に据えて、家が存続することを前提にするわけだ。

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