沢ガニ
私は海辺で生まれ育ったので蟹は珍しくない。とは言っても、ズワイガニや毛ガニなどの大物でなく、海辺でよく見るイソガニなどである。
確か印雀(いんじゃく)から更に小駄良川の上流へ遡った辺りで、沢ガニがうじゃうじゃいる所を見たことがある。四十年ほど前だから、こちらに住む前だったと思う。
そのころ本拠は京都にあり、夜な夜な飲み屋で飲んでいた私は時おりアテとして唐揚げを頼んでいたので、美味しそうに見えたことを覚えている。
こちらに越してからは、散歩の途中で街はずれへ行くと見ることがあり、珍しいものではなくなっていた。
仕事場の土間を掃除していた時のこと。やり始めると、さっそく沢ガニが目についた。既に死んでおり、じっくり観察できた。結構大きくて甲羅が黒っぽかった。最も気になったのは、どこから来たかである。
玄関の戸は近ごろサッシになっており、入り込む隙間はなかろう。とすれば裏の方から来たかとなる。確かに裏にも島谷用水の分流が流れており、庭から立て付けの悪い裏戸の隙間を通じて入ることができそうだ。それでも結構道中が長い。死んでいた場所が玄関に近いところだったから、表へ出たかったのだろうか。
先々週だったか、土間に蛍がいたことは書いた。掃除していてホタルを掃いたのは新鮮な経験だった。都会にいてはまずそんなことはあるまい。そして今週は沢ガニである。
なぜ立て続けに嬉しい闖入者がいたのかについては、答えるのが難しい。ここ二十年程で初めてである。
一度なら偶然でも、二度重なると背景に何らかの必然性があるように思えてしまう。思いつくのは、仕事場を取り巻く環境だ。工場などから出る汚染水が無くなり、生活雑排水も減っている。八幡でも下水の整備が進み、街中の水路でも大方は山水か雨水が流れている。吉田川に流れ込む川は数あれど、いずれも改善されているのではなかろうか。乙姫川しかり、赤谷しかり。
今月は区民そろって川掃除をした。ここ何十年もやっている。建前はボランティアとしても、実質上は強制力がある。隣近所の目がきついのだ。
若い時ならおおいに疑問が湧き反発したいところであるが、市の財政がひっ迫しており、お役所頼みにも限界がある。
これらの地道な努力が実を結んでいるとすれば喜ばしい。街中の一軒家へホタルや沢ガニが入ってくるなど、中々である。子や孫へ顔向けができるというものだ。
ただ真夏の珍事やも知れず、大声をあげるわけにはいかないので、心ひそかに考えている次第。