夜刀の神

やとの神と読む。今回は何らかの成果を披露するというよりは、錯綜した現状をいくらか整理してご覧いただくにすぎない。
祭祀という字を見ると、どちらにも「示」が入っている。先祖や神に肉を供えて祭るし、「祀」は「巳」につくるから蛇形を祀ることになる。
本邦で蛇神といえば様々考えられる中、「夜刀の神」も真っ先に脳裏に浮かぶ一つである。
「夜刀」は「やとの神」の他、「やつの神」とも呼ばれている。「夜」は音仮名、「刀」は音借の仮名とみてよい。無理やり結びつけるのもどうかと思われるが、「と」「つ」は通用する場合が多く、用語上共通しそうである。
例えば「都」は漢語音で「都民」「京都」などは「と」、「都合」などは「つ」と読まれるので、和語でもまた同様であると考えてよいかもしれぬ。
また「やつ」「やと」を「やち」に収斂する説もある。「やち」は湿地と解されるので、蛇神の住みかとして自然であり、確かに「やち」が「やつ」「やと」に通じていると考えてよさそうだ。これらの用語は愛知・静岡以東に分布しているそうで、西日本で対応する用語が気になるところである。
地名としては「や」のみならず「やつ」「やと」も「谷」という字で充てられ、共に関東一円で用例が多い。余りに多いので、文化地名でなく地形地名なのかという疑問も湧いてくる。実際に「谷津(やつ)」「谷戸(やと)」などは「平地が山に入り込んだところ」という定義をされるようである。
この列島においては「平地が山に入り込んだところ」は至る所にあるので、地形地名としては、どのように入り込んでいるのかが気になる。
『説文』で「谷」は「谷 泉出通川爲谷 从水半見出於口」(十一篇下028)とあり、段注は『爾雅』釋水を引き「釋水曰 水注川曰谿 注谿曰谷」とする。水は谷-谿-川の順に下っていくが、『説文』では谷-川となっている。
本邦でこの定義があてはまるのかどうかよく分からないが、大まかには山中の谷から平野部に出て川になると解してよいのではあるまいか。
とすれば「谷津」「谷戸」は平野部に出るばかりの山中となり、水量も増すから、湿地の多い場所になるだろう。「やち」と深くかかわってきそうだ。
こういった場所は、割合水路の整備が容易と思われるので、早くから開拓が行われてきた。
この「やつ」「やと」「やち」と音義共に関連しそうなのが、西日本に広く分布する「かいつ」「かいと」「かいち」である。後者は必ずしも山中にあるとは限らないので、地形上の類似点のみで探っていくのは難しい。

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