カイトの語源

郡上においても「カイト」「カイツ」に関する小字地名が誠に多い。今回は語源やら表記について気づいたことをスケッチしてみたい。

『萬葉集』に「吾妹子が 家の垣内の 小百合花 後と云へるは いなとふに似る」(紀朝臣豐河の歌一首 1503)という歌がある。この場合、「垣内」は「カキツ」と読まれる。音便から「カイツ」の原型と考えるのは自然である。また「垣外」と書いて「カイト」と呼ぶ地域も多い。これらを考え合わせれば、「垣内」の「カキウチ」から「カキツ-カイツ」、「垣外」の「カキソト」から「カキト-カイト」の道筋が見えてくる。『萬葉集』では「家の」だから「家の垣根の内」というような意味が考えられる。「垣内」が縄張りの内側、「垣外」がその外側でよければ、何らかの目的で囲われた土地が前提になってくる。

だが何だか腑に落ちない。「垣」という音義に捉われて本質を見逃している気がしてならない。更に奥行きがあるのではないか。

「カキ」は「垣」のほか、「部曲(かきべ)」も考えられる。「カキベ」という音からすれば「部曲」は不思議な語順で、「曲部」と書くのが自然である。敢えて部曲とするには理由があるはずだがはっきりしない。

『玉篇』に「將軍領軍 皆有部曲 大將軍營五部 部校尉一人 部下有曲 曲有軍候一人」とい文があって、「部」は配下を、「曲」は更に部の配下ということで、「部曲」が役所の構成に使われている。まあ役職と言ってよかろう。従って「部曲(ブキョク)」は漢語となるから、「かきべ」という倭語にそのままこの漢語を充てたことにならないか。「べ」は「部民(べのたみ)」の「部(べ)」と同源で、やはり役職にある民と解してよかろう。とすれば「部」「曲」共に役職名となり、「かき」にあてた「曲」は部の支配下にある下役の者達という義を持ちそうである。

「ト」もまた難しい。「垣内」「垣外」「開戸」など、「ト」については「内」「外」「戸」が多くあてられる。上記したように「内」「外」は境界の内外を表していそうだが、これらは「垣」が土地を前提するようになってからの表記でなかろうか。

これらに対し「戸」は門戸の「戸(と)」で訓だと考えられてきた。例えば「開戸」なら、「カイ-と」なって重箱読みになる。「妬」という字を御存じだと思う。この字は篆書体で「妒」(徐鉉注『説文』十二篇下164)となっており、音符として「戸」が使われている。ならば「戸」が漢語音で「コ」の他に「ト」という音も持っていたことになろう。「開戸」はそのまま「カイト」という漢語だった可能性があるわけだ。とすれば新たに戸籍を開く義となり、まさに開拓地名だったことになる。                                               髭じいさん

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