開拓地名と思われる「平」
地名は情報の宝庫であって、特に史料の限られる地方史には欠かせない分野である。開発地名なら長きに亘って人が土地に刻んできた経緯が掴めることがあるし、神社の建っている小字にも結構な事情が隠されている。
郡上にある「平」地名が小字だけで二百以上あることは驚きだが、その呼び方にはバラエティーがあって一様ではない。大まかには「タイラ」「ダイラ」と呼ばれる場合は地形地名、「ヒラ」「ビラ」なら何らか人の力が加わっている開発地名と考えている。とは言え、実際に全てを踏査したわけではないし、確信が持てる訳でもないので生ぬるく読んでいただけると有り難い。
さて今回は、生活の根幹に関わる「田」と「井」のつく平地名を取り上げてみる。皆さんの周りにもこれらに類する地名があるでしょうか。振り返ってみて思い浮かべても面白いですよ。
田の場合は田平(タビラ 野々倉)、田ノ平(タノヒラ 中山、印雀、初音、大田内、小那比)、田中平(タナカビラ 中坪)、沢田平(宮代)等がある。
また井の場合、井平(イビラ 初音)、井ノ平(イノヒラ 野尻、瀬取)、井口平(イグチビラ 二間手)、井掘平(イボリビラ 美並白山)、漆ヶ井平(気良)等がある。
田平なら、本来平坦であってこれに水路がうまくめぐっている地形がないとはいえないし、井平なら平坦なところにたまたま井戸があったとしても文句は言えないが、このような山間地にそのような条件が整っている所が多いと思えない。
例え平坦な地形であっても灌漑施設を整備できなければ水田にはならない。一般に土目の粗い山間地では田んぼからの水漏れが避けられず、全体が羽根土になるまで容易でない。数代に亘り手入れをしてやっと美田になるのだし、何枚も田が連続する平地では間違いなく長い年月にわたり大きな力が必要だっただろう。これこそが地域経済の根幹にあたるものだ。従って、田平、田ノ平、田中平などを開発地名と考えたいのである。
井戸は水田用には足りないとしても、居住地や畑地では重要な役割を果たしただろう。郡上八幡に古くから住んでいる人なら、犬鳴川や赤谷の奥で「氷田んぼ」がつくられていたことはご存じだと思う。かくの如く郡上は寒冷地であったから、本来米作には難しいところだった。
畑作にしても、耕作地を広げるのに心血を注いできたことは間違いあるまい。今日でも人間関係を壊すことがあるが、かつての境界争いは激烈であった。畑地を運営するにも豊かな水が要る。緩傾斜地を開拓して平らにし、井戸を掘って水を確保できれば豊作が期待できる。
以上、田ノ平、井ノ平などを開発地名として取り上げてみた。山間地に刻まれた歴史に圧倒されてしまう。 髭じいさん