「室(むろ)の続き」(2)

前回は神武東征で「土雲」を襲う話と倭建(ヤマトタケル)が「熊曾」を討つ例をみてきた。どちらも天つ神系が土着の勢力を討つ形である。「大室」「御室」で宴する場を襲うことになっており、私はこれらを偶然とみていない。

「室」はその字形から、矢が行きつく場所にしっかりした蔽いがかぶさる構造物で、死者を葬る仮の「屋」とは異なる。室はいわば祖霊をまつる恒久の施設である。従って「大室」「御室」は恐らくそれぞれの種族又は部族の祖先を祭る神聖な場所だった。ここで宴をする者達を無慈悲に襲うのであるから、神武にしても倭建(ヤマトタケル)にしても彼らとは同じ価値観を持たない者達だっただろう。

さて、更に『古事記』で印象に残る用例がある。追われて命からがらの葦原色許男(アシハラシコヲ)が須佐能男命(スサノオノミコト)のいる「根堅州國(ネノカタスクニ)」を訪れた際、通過儀礼かと思われる「室」へ入る。

3 「令寢其蛇室」

4 「入呉公與蜂室」

5 「喚入八田閒大室」

6 「爾握其神之髮 其室毎椽著 而五百引石 取塞其室戸」

7 「聞驚 而引仆其室」

3、4で「室」の前に名がついていることから、それぞれ祖先神を現しているかもしれない。「蛇室」なら蛇種、「呉蚣室」なら蜈蚣種と言う具合である。「蜂室」は案がないものの、これでよければ越種、呉種として渡来系と解せそうだ。

5の「八田閒」はよく分かっていない。「八」「田」「閒」はそれぞれ訓仮名の用例がある。この語順でよければ、「大室」を修飾する語だから大きさや広さを表す語句とみてよかろう。

7の「室」は引き倒されるので建築物が想定されている。

根堅州国に越種、呉種など複数の種が混在するとすれば、まさに国家を指している可能性がある。天孫族が同国を手に負えない種族とみていそうなことから言えば、これら渡来系の者達がすでに土着化し、それなりの繋がりを持つ緩い国家を造っていたのではないか。

スサノオノミコトは自ら「妣國根之堅州國」へ行きたいと述べている。『説文』で「妣」は「妣 歿母也」(十二篇下038)とあり、亡くなった母親の義だから、「妣國」は母国の義である。母親のイザナミノミコトがいる国へ行きたいと泣き叫んでいるわけだ。スサノオノミコト、イザナミノミコトが天つ神系とすれば、彼らの故国もまた渡来系の種族だったことになる。

神話は歴史ではないが、歴史の真実を物語ることがある。                                               髭じいさん

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