風呂(1)

振り返ってみれば、特に若い時、私は好んで風呂に入る人ではなかった。夏場ならぬるいシャワーで十分だし、冬場ならわざわざ暖かいところから抜け出した上に、服を脱いで、そして湯につかるという一連が面倒だった。とは言っても、こちらに引っ越した辺りから、温泉には格別の思いが積み重なってきたように思う。

今回は、日常お世話になっている風呂でなく、地名として取り上げたい。親しくして頂いている方が奈良県の小字を探っておられ、幾つか難題を持ちかけられた。その中に「風呂」地名があり、いい機会なので、考えてみることにした。こういった縁がないと、やる気になっていなかったと思う。郡上の範囲で手一杯だからだ。

「風呂」の小字は吉野を中心に、旧の磯城(しき)郡、葛城郡、宇陀郡などで三百を超えており、成り立ちやら語源やら何だか面白そうだ。大まかに用例を整理してみると、「風呂」だけが八例ほど、「〇〇風呂」とする場合が二十例ほどで、他は全て「風呂〇〇」という具合になっていて既に違和感がある。

今までの研究例を探ってみると、実際に温泉や風呂があったという例は殆どなく、神社や祠など、何らかの信仰に関連する所が多いそうだ。

これだけでは見当がつかないので視点を変え地形を比較してみたかったが、奈良は遠いし、それに関する研究書もすぐには思いつかない。そこで語源を探ってみると、主として次の三つがある。

1 ムロ(室)の転、ウロと通ず。2 ユムロ(湯室)。3 茶の湯のフロ(風炉)。

吉野を中心とする事からも、私はこの地名の成り立ちが相当古いと推測している。江戸時代初期以前は蒸し風呂が中心で、湯につかる現在の形式は同中期以降に流行り出した点を考えれば湯室はしっくりこないし、茶の湯も戦国時代ぐらいからのイメージだから十分でない気がする。

ムロ(室)については、本来祖先を祭る恒久の施設と解すれば、信仰に関連するというのも合点がいくし、音韻についてもそれほど無理があるとは思えない。

ここでは余白が少ないので簡単に説明すると次のようになる。「ムロ」「ブロ」の「ム」「ブ」は、「万場(マンバ)」「馬場(バンバ)」、「武者(ムシャ)」「武士(ブシ)」など、転音することがある。ところがバ行で始まる和語は稀で、「ブ」でなく「フ」と発音するようになるだろう。

なぜ「ムロ」ではなく「フロ」と呼ぶようになったのかは、「室(むろ)」が信仰上重要な施設であることから、私は勝者が敗者に強いた印象を持っている。この点は再論する。

今のところ、この「フ」になぜ「風」を当てたのか案がない。『播磨風土記』讃容郡条に「室原山 風を屏(さ)ふること、室の如し」とあり、或いはこのような連想があったかも知れない。                                               髭じいさん

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