井光(いかり)

旧吉野郡川上村に「井光(いかり)」と読む大字がある。近頃、奈良県の風呂地名を考えた際、手持ちの資料に出ていた。『古事記』中卷神武天皇の段に出てくる「其井有光」と関連しそうだなと感じていたが暫く温めておいた。今回、少しまとめてみようと思う。

神武東征では熊野から吉野へ入る。「尾ある人、井から出で来たりき、その井に光ありき」とし、「汝は誰ぞ」の問に、自ら「僕は國つ神、名は井氷鹿(ゐひか)と謂ふ」と答える。

「井光(いかり)」は最初違和感があったけれど、「井光(ゐ-ひかり)」が元だとすると腑に落ちる。奈良には「宇陀郡」「國巣村」など『古事記』に関連する地名が他にも残っており、井光(いかり)」もまた同様に考えてよかろう。

「ひ」が消えるのは、和語のみならず英語などでも「h」音が落ちることがあるので、かなり広く認められる現象と言ってよい。

以前八幡の「小駄良(こだら)」を取り上げた際、「こ-だひら」の「ひ」が脱落して「こだら」になったのではないかと考えてみた。「井光(ゐひかり)」も同様に、「ひ」が脱落して「井光(いかり)」となったのではないか。お互い傍証になりそうな気がする。

尾ある人が「井氷鹿(ゐひか)」と名乗るのもまた、「井光(ゐ-ひかり)」を原形にするだろう。この場合は活用語尾の「り」が脱落して「ゐ-ひか」になったと思われる。語幹が残る例である。

ところで「尾ある人」の尾は、何の尾だと思いますか。東征神話では熊野から吉野へ入ることになっており、熊野から連想して熊と見られることがある。また尻尾の部分をそのまま尻当てとして使っていると解し、身近な猪だろうと言う人もあるそうな。

考えてみたところで結論の出る話ではないが、私は鹿の尾でないかと想像している。「井氷鹿(ゐひか)」と記録されている点を重視したいのだ。

「井」は仮名とみることもできるが、この場合は「井戸」の訓が前に出ているだろう。そして「氷」も「鹿」も万葉仮名ではない。つまり、この名で何らかの訓を意識させているとみたい。とすれば尾ある人の名に「鹿」が入っているわけで、名が体を表すなら、尾もまた鹿のそれではないかと考えてしまう。

「尾ある人」の後文に「尾ある土雲」という用例がある。前者は東征に好意的な者を、後者は敵意ある者を指すだろう。「生尾(尾ある)」は共通の習俗と見てよさそうで、部族ないし種族のまとまりがあったのに、これに深い溝ができたことになるだろう。

「井光(いかり)」にしろ「井氷鹿(ゐひか)」にしろ「井光(ゐーひかり)」が元になっているとすれば、神話が吉野に地名として生き残っていることになり、他の地区でも古代や中世が地名に残っている可能性が現実味を帯びてくる。                                               髭じいさん

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