苦手な食べ物

私は戦後間もなくの生まれなので食糧難の時期と少しかぶっている。さらに少年期に父を失い、子だくさんの母子家庭で育ったという事で出されたものはとにかく有難く食べてきた。母親は子供にひもじい思いをさせたくなかったので、必死に働き、食べ物を用意してくれた。兄たちが早くから仕事に出て家計を助けるようになり、少しずつ余裕が出てきて人並みに食べられるようになった。かくの如く、ずっと好き嫌いを言えるような環境になかった。

これは今に至るまで私に好影響を遺している。嫌いな食べ物がそれ程浮かばない。中学生時代だったかに好みのインスタントラーメンが出るといち早く食べていたし、弁当に入っていた煮物が好物だった。ただチーズは石鹸を食べているような味気なさを感じ、好んで食べなかった記憶がある。

野菜では、結構早い時期にピーマンを克服できていたと思う。食べ始めは、苦みが強く感じられて得意でなかった。どうしても食べなければならない雰囲気だったからだろう、削り節をかけ醤油で浸して一気に食べると言う風だった。私は少年時代からどうゆう訳かほうれん草のお浸しが好物で、ピーマンも肉詰めなど洒落た料理より、大抵お浸し系で食べていた。ある時、爽やかで美味しいと感じたことを覚えている。

今の子供達に聞くと、苦手にする食べ物はパクチー、ゴーヤ、セロリ、レバーなどの名が挙がる。多くの子がピーマンを乗り越えているのは喜ばしい。キュウリやトマトも殆んど食べられるようだが、生食は好きになれない子がいた。

ゴーヤは明らかでないけれども、セロリは結構早い時期に美味しいと認識できていた。レバーは牛、豚、鳥いずれも大好きで、どうかすると生でも食べていたぐらいである。

私は四十代始めに海外赴任していた時期があり、その時にタイ料理でパクチーを食べたことがある。確かスープに添えられていたと思う。強烈な個性で全部は食べきれなかった。それまでに本邦でもある程度広まっていたのだろうが、私には実感がなく、ここで始めて食べたことになると思う。

それからはパクチーの名が結構耳に残るようになった。帰国後、一切食べていない。ところが同じ仲間の芹は、かつ丼に入っているものを始め、結構好きなのである。もはや食わず嫌いの類なのかもしれないが、食べる気がしない。少年期なら迷わず食べていただろうが、今では我儘が出て、食べなくて済むものは食べなくなった。

チーズに関して言うと、大学に進学して実家を離れ、美味しいものに出会ってからむしろ大好物になった。心を閉ざさずにいれば、美味しいパクチー料理に出会ったのかも知れない。

かくの如く子供たちに好き嫌いを無くせとは言えない立場だが、栄養面でも大切だし、自分の世界を広げることにもなる。少しづつ克服してもらいたい。                                               髭じいさん

前の記事

風呂(2)

次の記事

井光(いかり)