ヒ谷

題名を見て違和感を感じたのではなかろうか。「日谷」「飛谷」「干谷」など漢語で表されるところが多いが、ヒ谷もまた実際にあるので、敢えてこれを題名にしたみた。漢語表記はそれぞれの地区における解釈がなされており、どれかを選択すればその解釈に組することになりかねない。これは昨年末に「ひぼら」という題名で書いたのと同じ視点だ。新たに読まれる人は検索してみてください。

「ひぼら」では、郡上で「日洞」という表記が二カ所、「ヒボラ」というカタカナ表記が一カ所あり、解釋として次の三つを示した。

漢字を優先して「ヒ」を甲類の「日」とする、乙類の「火」とする、乙類の「干」とする。以上三つの解釈が可能とし、実際に普段水が流れていない洞であったことから「干」が有力であると推論した。今回はこの類似例を見て頂いて、その傍証にしたいと思う。

1 「ヒ谷」とカタカナ表記するのは、「ヒ」の意味が伝承されず、不明になってしまった例とみてよい。

2 「日谷」は「日洞」と同様、「日面(ヒオモ)」「日陰(ヒカゲ)」などのような具体性のない名称で、小字の名称として違和感がある。

3 「飛谷」の「飛」は乙類の仮名とみることも出来るので軽視できない。だがここでは「飛」に何らかの意味を期待することは難しい。音の記憶を残しているに過ぎないのではないか。

4 「干谷」の「干」は乙類の仮名であるし、「干上がる」「干からびる」など義としても適切な用語である。実際のところ、旧益田郡乙原や丹生川村根方(ゴンボウ)に「干谷」の用例があり、音義共にすんなり腑に落ちる。

これらの中に「火谷」とする用例がないのは中々面白くて、「ひぼら」で「火洞」と解釋するのが難しいことを示しているかもしれない。

別の視点としてもう一つ、旧郡上郡和良村宮代(ミヤシロ)の「比渕平(ヒブチビラ)」という小字を取り上げる。この場合「比」は、漢語として何らか具体性のある意味を表していると思えないので、「日」と同じく甲類の仮名とみられる。

ここで「洞」「谷」「渕」という水に関連する用語の前に「ヒ」が使われていることに気づくだろう。これから、私は「比渕」も又「干渕」と解している。

甲類、乙類については平安時代前期辺りで既に区別がつき難くなっている。「日洞」「日谷」「比渕」と甲類の「ヒ」を使っているのは、無くなった乙類を補うためだろう。

この「干谷」という表記について言うと、「干」が乙類の仮名である上にしっかり意味を体現しているので、奈良時代まで遡れる可能性を感じている。

これらから「ひぼら」の解釋においても、「干洞」とみることの傍証になっているのではないか。                                              髭じいさん

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