春子さんの88年

一月末、今年初めての葬儀があった。近年まれにみる大雪に見舞われた町並みには、軒下に高く残る雪の寒さの中での葬儀であった。
春子さん88才。米寿を迎えたばかりの春子さんの最近は、一日中炬燵(こたつ)の守。暖かい家族に囲まれ、のんびりと穏やかな毎日を送っていた。「便所に行ってくる」と言うおばあちゃんに、地階にあるトイレまで大変だからと、「オマルでしなれ」という息子さんに、「うんにゃ、足腰の運動になるで降りてく」と、身を起こしながら歌を歌いはじめた。大好きなひな祭りの歌「♪あかりをつけましょ 雪洞(ぼんぼり)に お花をあげましょ 桃の花」とここまできて歌がピタッと止まった。「あばあ、どうした」と息子さんが声をかけたが、そのとき既に息が切れていたという。その日の朝「お前にもずいぶん世話をかけたなぁ。おおきに」と初めてお礼を言われたのですと嫁さんが涙声で語った。
ちょうど一年前の一月、念仏の教えに生涯をつくしてきたおつれあいを亡くされ「しょうがないわな、ええ年やし。あれも幸せもんやったなぁ」と、悲しみを内に秘めて笑顔でボソッと語られた言葉が、私の耳に残っている。
貧しさゆえに10才で奉公に出され、懸命にコツコツと蓄えたお金で家を新築したという。その頑張りやの春子さんは、時に頑固な面もあったと。しかし、厳しくつらい奉公生活で、やがてはばたく春を待ちながら耐える長い年月。幼い日のひな祭りの楽しみ、春の野山をかけめぐった自由な日々への郷愁は、深く深く脳裏に刻まれていたのにちがいない。「あかりをつけましょ雪洞に・・・」の臨末の歌は、幼き頃の懐かしさをたどる歌であっただけではない。88年の人生を、納得と感謝の中で表現した春子さん自身の人生の賛歌であろう。そして「世話をかけた、おおきに!」の言葉は、まさに晴子さんの南無阿弥陀仏である。合掌

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