どんぐり

 どんぐりである。我が家の通りを隔てた向かい側にマテバシイの木が7,8本植えられていて、毎年この時期に盛大にどんぐりを落とすのだ。しかし、今年はその量が尋常でない。十日ほど前、深夜に豪雨が来た!と思って外を見たら風に吹かれたどんぐりが「降っている」ところだった。その日のあともばらばらと落ち続け、掃除をしていない我が家の前にはどんぐりが「積もっている」場所すらある。去年この時期に僕とコドモのあいだで雪合戦ならぬどんぐり合戦が流行ったが、弾丸となるべきどんぐりを確保するにはとりあえず「拾い集める」作業が必要だった。今年はどんぐりの吹き溜まりを掬いさえすればいいので、いきおい一投につき数十発単位、で戦いは繰り広げられ、終わったときには道路がどんぐり絨毯敷き詰め状態になる。例年の三倍から四倍、というのが僕の感覚的測定値である。食べるドウブツがいないのでせっかくのおいしい木の実が車にひかれるままになっている。時折雀が降りてきて割れた実をついばんでいるのがせめてもの慰めだ。もったいないのでとりあえず虫ケース一杯に集めてみたが、これをさて、どうしたものか?
 初夏の花がすごかったから結局これは猛暑のせい、ということなんだろうけど?何かしら不吉な予兆のようなものも孕んでいるような気もするのだ。
 ゼフィルスと呼ばれる美しいシジミチョウの仲間がいて、彼らは一様に樹上に卵を産み付ける。夏の終わりに産み付けられた卵はそのまま冬を越すのだが、産卵する場所の高さが年によって違うらしい。積雪の多い冬を迎える年には樹の高い位置に、少ない年には低い位置に、産卵する場所を変えるらしいのである。つまり、ゼフィルスたちは来たるべき冬の積雪量を夏の終わりには予測しているのである。そして気象庁の長期予報など比較にならないほどの確率で、それは「当たる」らしいのだ。春に孵化して夏には死んでしまう命の中にそんなちからが隠されていることに驚愕する。しかしそれはずーっと昔からのことなわけだ。ワレワレが知らなかっただけでイキモノは静かにそういうちからを持っているというだけのことだ。
 だとすれば、マテバシイが何か種の存続に関わる危機を感じ取って普段の数倍のどんぐりを残している、というようなことが無いとも限らないのではないか。雪が一杯降る、ぐらいのことならいいんだけど、やっぱり気になるのは地震のことかも知れないので、とりあえず寝室の地震対策は近いうちに済ませておこう、などと微かに考えさせられる、そんなどんぐりの異常結実ではある。

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