初夏

檜の花粉が一服し、空気が冷たいものと温かいものが混ざり合う頃、やっと鼻も通ってすっきりする。毎年、新緑が映えるこの時期がお気に入りである。
私は、湯たんぽを愛用している。五月に入るとストーブも一応の役割を終えるので、わざわざ沸かして入れてもらうのも大儀であるから、お役御免となる。
散歩の途中で、山の方に足を向ける気が起こったりする。花で言えば、桜が散ってしまい、山吹が咲くころ。山の中では、楢やカンバの薄緑に心ひかれる。渓谷の水もややぬるみ、何とはなしに手を浸けたくなる。
厳しい寒さと雪の重みに耐えた潅木が、若葉をつけるのも悪くない。一斉に命が萌えるようだ。弁当を持って桜を見に行くのもよい。だが、山菜を探すふりをしながら、いろいろ山野草を見つけるのが一層心に響く。
おっと、うっかり熊のことを忘れていた。去年の秋にあちこちで熊が出没し、怪我をした人もいる。熊は木苺を好むらしい。実は、私も熟した木苺が好きなのだ。用心せねばなるまい。また、足腰も段々弱ってきているだろうから、やぶをかき分け進むなどとはいくまい。
紅葉も雪山も嫌いではない。だが体調もよくなり、体がのびのびできる初夏に、ゆとりみたいなものを感じ取れて、幾らかでも生きる元気が出てくるのである。
詩とは縁のない私であるが、こういう環境が美しいとか、心地よいとかぐらいは分かる。若い時も好きであったが、年齢を重ねるごとに、何か山川が尚いとおしく感じられるようになった。

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