白山奥院(1)

これは古い神様の話であり、気になっていることを私なりにまとめるだけだが、できるだけ楽しんでもらえるようにしたい。
白山の馬場は加賀、越前及び美濃の三つあり、それぞれが重要な役割を担ってきた。このうち、越前では平泉寺、美濃では長滝寺がよく知られている。これらはいずれも神仏習合の寺であって、それぞれの白山神社が三社権現を祀っている。三社とは奥院、本社、別山である。これらの配置は、それぞれ南側から見る大汝峰、御前峰、別山に当たる。私は、ここで「奥院」について述べようと思う。
平泉寺の奥院は「越南知(オナンジ)」、長滝寺のそれは「越南智(オナンヂ)」が鎮座する。表記されている「知」「智」はほぼ同音であって、同系統であると言ってよい。
ところが、白山信仰の原形と考えられる越知山ではこれが「大己貴命」とされている。「大己貴命」は『日本書紀』の説と言ってよく、「ヲホアナムチ」「ヲホナムチ」「オホアナモチ」と読まれる。他方、『古事記』では「大穴牟遲神」と表記され、一般に「オホナムヂ」と読まれる場合が多い。
さて、「越」の「オ」「ヲ」について言えば、唇音の退化から考えて、原音を「ヲ」とする『書紀』本文の読み方を採用したい。
「南」は、伝承音が「ナン」であって「ナ」ではない点に注意しなければならない。「大己貴(ヲホナムチ)」、「大穴牟遲(オホナムヂ)」、「大汝(オナンジ)」のいずれも「ナン」を原形にしていることからもその由緒の正しいことが分かる。「南」は万葉の仮名に使われることがあるものの「ナ」「ナム」「ナミ」であって、「ナン」ではない。『古事記』では、「南」を仮名として使う例はない。従って、「南」は仮名ではなく、漢語として使われている可能性が強いことを指摘しておく。
「知」「智」を「ジ」「ヂ」と読むについては、『古事記』の仮名のみならず、万葉仮名でも有声音になる例は知られていない。神様の名であるから安易に論ずる訳にはいかないが、「ジ」「ヂ」は伝承ないし慣習音であって、文字通り「チ」を原音にするのではないだろうか。
これらから、「越南知」「越南智」を一応「ヲナンチ」と復元できそうだ。紀記の「大」「大穴」「大名」や「大汝」が「越」「越南」の音に物語性を加味したものとすれば、「越南知」「越南智」の文字は原形を良く保っていることになる。

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