空き家

私が住む郡上市八幡町は山間にあり、杉や檜で山が痛んでいることを考慮に入れても、自然に恵まれている土地柄である。
かつて隆盛であった繭の生産や、製糸、木材などの産業が相次いで衰退し、木工に過度の期待をかけることもできない状況である。印刷や食品サンプルなどの分野で健闘しているものの、農林業のみならず加工業においても地場産業の育成がままならない。一旦斜陽になると、これに歯止めをかけることは難しい。
郡上市発足に幾らか期待する向きもあったが、実際には交付金や補助金が減額され、全体として公共事業の発注も尻すぼみの状態である。民間の設備投資もあまり期待できないから、建築や土木の分野でも少ないパイを奪い合っていると言ってよかろう。
観光にしても、踊りだけでは夏期に限られるし、スキーでは道路が混むだけで素通りの有様だ。高鷲・白鳥や明宝などとうまく連携する算段をしたいところだろう。
従って、若者がここで気に入った就職口を探すのは容易でない。特に長男などでどうしてもここに居る必要のある人は心配事が多いだろう。家業を続けたり、強力な縁故で役場や金融業などに潜り込めるのは恵まれた方である。
既に高齢化率の高い上に、若者の残れる環境が今一歩整わないとすれば、町家にも空き家が増えるのは避けられない。わが町内でもほぼ三分の一は歯抜けの状態である。
八幡はそれなりに古い土地柄である。古い土地にはどこにでも裕福な「旦那衆」がいるものだが、彼らの多くが山林経営でダメージを受けたり、高齢化したり、八幡の将来に期待できないと見切ったりして投資をしようとせず元気が無い。
私如きが心配したところで何の役にも立たないが、この町がこのまま滅びいくのも座視できない気分である。若者にはしっかり専門知識を身につけ、ここでも充分戦える職業を開拓して貰いたいし、行政のみならず金融機関なども急いで彼らをバックアップする必要があろう。いずれにしても腰を据えて取り組まねばならない課題である。

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