『説文』入門(26) -「常」-

今回は「常」を検討してみよう。「世」との違いがはっきり示せれば「世の常」をうまく説明できたことになるが、どうなりますか。
『説文』で「常」は、「常 下帬也 从巾 尚聲 裳 常或从衣」(七篇下337)である。
字形につき、「裳 常或从衣」だから、「常」「裳」を同字異体とみている。
これを前提にすると、「衣裳」の「裳」が「下帬也」となり、確かに分かり易い。「帬」(七篇下336)は、「裙」と音義ともに近く、また同字と考えてよければ「裳(も)」「はだぎ、下着」の義あたり。
段注は「釋名曰 上曰衣 下曰裳 裳 障也 以自障蔽也」で、『釋名』釋衣服・01を引き、「衣」は上着、「裳」は下着と解している。さすがに的確な解釈と言えよう。「裳 障也」はいつもの声訓で、義のみならず、ある程度音が推定できるのでありがたい。
しかしながら、これらは「裳」の字形を解析しただけであって、これだけでは「常」の意味がよく分からない。
『詩經』「魯邦是常」(魯頌閟宮三章)の毛傳に「常 守也」、『爾雅』「恒 常也」(釋詁第一上・14)などとあり、「常 恒也」、「常 守也」、「常 久也」などの義が早くから生れていたようだ。
一般に、「常」の字形にこれらの義が付されるようになったので、もっぱら「裳」が下衣の義に使われるようになったと考えてよいかもしれない。
さて、『三國志』倭人条の「常」については次の四例がある。
1 「郡使往來常所駐」
2 「常治伊都國」
3 「常有人持兵守衞」
4 「豈常也哉」
1、2は「伊都國」に関する記事で、1は郡使が「常に駐し」、2は一大率が「常に治す」と云う。これらの「常」は、「常 久也」「常 守也」であり、1については「後漢代から久しく」、2は「一大率という官が成立して以来久しく」と解せるのではないか。『説文通訓定聲』に「常 叚借爲嘗」とあり、「嘗(かつて)」の義もあるが、この場合はどうだろう。
3、4は恐らく「常 恒也」で、3では卑弥呼を「恒に人が有って守衛し」と解せるだろう。
4は、東夷伝が随時の情報の基づいているものであって、継続しては記されていないと述べている。
語を的確に解釈するには、それぞれの文意を損なわないようにするだけでなく、他の例文を出来るだけ多くあわせ検討しなければならない。例え同文があるとしても、同条件ではありえないから、各人の読み方に恣意は避けられない。議論が避けられない所以である。

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