不等式の罠

私が最近悩んでいるテーマがある。数学というだけで頭が痛くなる人もいるのに、コラムに書くというのはどうかなと思ったが、なかなか面白いとも思われるので、私の陥った罠を皆さんに紹介したい。自分の中だけではなく公の場に出すのだから、勇み足になりそうな気もする。
「a>b≧c」ならば「a>c」なのか、それとも「a≧c」なのかというテーマである。大小を比較しているからa、b、cは実数であり、任意の定数と考える方が分かりよい。
(1) a>b≧cならば「a>c」
a>b≧cは、cが最大でもbにしかならず、a>bであるから、a>cが正しいようにみえる。この場合、a、b、cは同時に二つの値をもたない数である。
それでは、この対偶を考えてみる。ご存知のように、対偶は命題の真偽を確かめる方法の一つである。「a>c」の否定は「c≧a」になるが、a>b≧cの否定はややこしい。まず実数直線を三区分し、「>」「≧」を区分間の位置ないし大小関係を表す記号とみる。a、b、cがそれぞれの区分に含まれる定数とすれば、左を大、右を小と定義すると、a、b、cが左からこの順番に並んでいることになり、一見この否定は「a≦b<c(c>b≧a)」になりそうだ。
とすれば対偶が「c≧aならばc>b≧a」となり、上と同様に考えれば、aは最大でもbにしかならず、c>bだからc>aになる他なく、c≧aとは矛盾する。
(2) a>b≧cならば「a≧c」
a>b≧cは、cが最大でもbにしかならず、a>bであるから、この論理を使えばa≧cは矛盾する。だが対偶は三区分法で言えば、bはacを媒介する数と考えて、「c>aならばc>b≧a」となり、整合性を持つようにみえる。
だとすれば両者いずれにしても矛盾を抱えていることになる。だが(1)(2)が共に真だとすれば、対偶も正しいことになりどちらも問題はなくなる。
つまり、命題の「a>b≧c」は「a>bかつb≧c」で、「>」「≧」は単に二数の大小を比較するだけでなく範囲を示す記号とみれば、「aはbより大きく、かつbはc以上の数」となり、「aはcより大きい(a>c)」でも「aはc以上の数(a≧c)」でも成り立つだろう。
だがこれでも、a>b≧cの否定に不安が残る。「a>b≧c」が「a>bかつb≧c」とすれば、否定は「a≦bまたはb<c」になり、「a≦b」と「b<c」が条件として切れてしまう。この場合、abcを同一直線上の数と見て「a≦b<c(c>b≧a)」にできるかどうか。やや強引かもしれないが、同一命題で使われている以上、「a≦b」の「b」が「b<c」のそれと関連がないはずがないとも考えられる。
以上から、私は「a>b≧c」ならば「a>c」または「a≧c」であり、より範囲の広い「a≧c」が妥当ではないかと考えている。おそまつ。