『説文』入門(35) -「潰」「破」-

碑文は好太王の華々しい活躍を記している。兵に巧みであった彼の勲績を記すものであるから、「討」「破」「攻」「潰」などの動詞が目立つのは当然である。
中でも「潰」「破」という動詞が印象に残るだろう。今回はこのうち、「潰」を中心に検討してみる。
『説文』で「潰」は「潰 漏也」(十一篇上二093)だから、本来「雨漏り」の義。段氏が『左傳』を引き「凡民逃其上曰潰 此引伸之義」とするのは、『廣韻』の「潰 逃散 又亂也」(去聲巻四)からも根拠は確かである。
他方『釋名』は「敗 潰也」(釋言語第十二・135)で、『説文』が「賊 敗也」(十二篇下265)とする点とあわせ興味深い。『玉篇』は「潰 胡對切 亂也」(水部二百八十五)である。
話の成り行き上、碑文から「潰」「破」の用例を引くと、
1 「王以碑麗不息□ 又躬率往討叵富山負山 至鹽水上 破其三部洛六七百」(五年条)
2 「而倭以辛卯年來渡海 破百殘□□□羅 以爲臣民」(五年条)
3 「而新羅遣使白王云 倭人滿其國境 潰破城池 以奴客爲民」(九年条)
4、5 「安羅人戍兵 拔新羅城口城 倭滿 倭潰城六口口口口口口口口口口口口口口口口口九盡臣有來 安羅人戍兵滿口口口口口口口口口倭潰城大赤口安羅人戍兵」(十年条)
6 「王幢要截盪刾 倭寇潰敗 斬殺無數」(十四年条)
7 「十七年丁未 還破沙溝城 婁城」(十七年条)
8 「凡所攻破城六十四」
1、2、7、8はもっぱら「破」の用例であるが、それぞれ「其三部洛六七百」(1)、「百殘」(2)、「沙溝城 婁城」(7)、「城六十四」(8)という目的語を伴っている。
4、5はともに「倭潰城」であって、新羅に関して述べられている。「城」という目的語があるので、「倭潰城」は倭が城へ侵入し、城民が乱れ逃散したと読める。従って、この場合、段注の「凡民逃其上曰潰」及び『廣韻』説が採用できそうだ。
私は「潰破」(3)という用例に注目している。「潰」「破」が連語として用いられているからである。「倭寇潰敗」(6)は、帯方郡について述べられており、倭のみならず百済にも関連するだろう。この場合、『説文』及び『釋名』から、「潰」「敗」を類義語と見ることもできる。
以上より、新羅・百済に関して「潰破」の用例が目立つことになる。辛卯年条の前段から百済と新羅が並立するだろうから、一つの候補として「破百殘-□-□新羅」の構造とし、後の欠字に「潰新羅」と補ってみたいのである。

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