雨だれ

梅雨のさ中ということか、連日雨である。郡上は昔から年間降水量の多いところで、雨も雪もよく降る。私は、仕事がら若い頃から夜遅くまで起きている。すっかり寝付くのが夜中の二時を過ぎることも珍しくない。この間、寝付く寸前なのか夢の中なのか、ちょっとした雨だれが気になった。降り始めだったと思う。
なぜか、雨だれが私には三味線の音色のように聞こえた。とうとう呆けたかとも思ったが、何かしら脳裏に手ごたえのある感覚が残っている。後で考えると、水が落ちて屋根に当たるのだから、楽器に例えるなら太鼓だろうに、なぜか三味線だった。
我が家の左隣は瓦屋根であるし、右隣は今流行の鉄筋コンクリート造りの三階建てである。したがって、私が聞いたのが我が家の母屋から台所の屋根へ落ちている音であることに間違いあるまい。
郡上は山の中で強い風が吹くことは少ないし、また冬になると相当雪が積もるので、屋根を軽くするためにトタン板を葺く民家が多い。この様式は越前の大野あたりまで続くようだ。山の中でもトタンは錆びる。そこで「チャン」と呼ばれるさび止めを塗るのである。この辺りは黒が主流で、越前に近づくと赤になるのが興味深い。
実際のところ、なぜ三味線だったのか分からない。三味線であって、ギターでなかった点ははっきりしている。私の中では三味線がどちらかというと湿った音であるのに対し、ギターは乾いた音になっている。
落ちるリズムが不規則で、少なくとも西洋風ではなかったように思う。雨だれが錆びたトタン板へ斜めにあたり、すこし違って聞こえたのかもしれない。あるいは、そろそろ郡上音頭に合わせて三味線の音が聞こえてくる時期だから、頭の中で既に音が出来上がっていたというようなことがあったのだろうか。
郡上の雪は、静かに降る。なのに、私には、こするような小さな太鼓の音に聞こえる。私は、太鼓にしても横笛にしても本邦の楽器にはわびさびがあるというか、湿気をおびているものが多いように思う。
ことほど左様に、私の貧困な音感では、人に説得できるようなものは出てこない。これまたお粗末な話になってしまったかもしれない。