高賀山(10) -牛頭天王(下)-

毎度ながら、ここでは扱うテーマが大きすぎるかもしれない。ただし如何なる難問でも、細切れにすれば、案外戦えるものだ。ゆっくり行こう。
前回は慶西聖人の勧進した懸仏にある「八王子御正躰」「十禪師御法躰」から、新宮に日吉山王権現の影響があると説いた。
前者については、伝承ながら、延暦元年(782年)日吉八王子山の麓へ白山権現が顕れたことになっている(『白山比咩神社略史』)。日吉山王権現と白山神の関係が暗示されているわけだ。
そう言えば『高賀宮記録』に養老二年(718年)六月以後の話として妖魔が「或時は黑雲に乘りて近江の國へ通ひ」とあるし、天慶二年(939年)以後の話としてやはり悪魔が「是も同じく近江の國へ通ひ」とあり、なぜか妖魔ないし悪魔が近江へ通っている。新宮にも大木伝承に関し近江の人が出てくる話がある。これらからすると高賀と日吉山王が直接関連する可能性もあるので慎重に取り組まねばなるまい。
高賀社では五社の一つとして大行事神を祀っている。私は、これもまた日吉大社の大行事に関連すると考えている。今回は、この神の素性を探ってみたい。
日吉大社東本宮境内に中七社の一つとして大物忌神社があり、古くは大行事とされていた。本地は毘沙門天である。同じく中七社に新物忌神社があり、新行事と呼ばれ、本地は持国天ないし吉祥天である。ただし、今のところ、これら両者にどんな繋がりがあるのかは分からない。
日吉山王七社の一つにまた白山姫神社がある。祭神は白山姫神で、天安二年(858年)に勧請されたという。かつては「客人」と呼ばれていた。本地が十一面観音だから、白山からのまろうど神とみてよいだろう。
白山三峰は御前峰、大汝、別山である。山王権現との関連でいえば、御前峰の垂迹を白山姫とみることもできる。大汝は大己貴神である。直ちに西本宮のそれに充てることはできまいが、私は大三輪神と重複していると解している。
別山の神が大行事で、聖観音の垂迹である「宰官」が行事貫主として顕れたことになっている。「宰官」は『妙法蓮華經』第二十五に「應以宰官身 得度者 即現宰官身」とあり、「宰官身」として登場する。
有力な異説も見当たらないので、私は、山王権現の大行事が白山のそれに繋がるとみている。白山三神の一である大行事を摂祀したものではあるまいか。
これでよければ白山大行事と高賀社のそれに焦点が移るが、管見では、両者を関連づける史料はない。この点については近いうちに何らかの形で論証したいと思う。
コラムなら根拠や論理よりはその思考プロセスを、逸話などを交えて、楽しむのが宜しい。だが、歳のせいか、どうしても気が急いてしまう。

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