制度(6) -公金-

歴史を理解するには、その背景にある経済を調べることが欠かせない。ここでもしかりで、制度を運営するには財政の基盤が必要である。法の規定と予算案の決定があってはじめて公金を支出できる。
昭和12年9月に「野戦酒保規程」を改定し、慰安施設を作れるようにした。それとして記述がないとしても、施設に関する支出を認めたと解してよかろう。
1 酒保内に施設をつくるには、それなりの準備が必要である。戦地なら接収した施設を用意するとしても、戦況によっては民間施設を借りるような例があったかもしれない。いずれにしても軍が何らかの代償を払っていたことになる。
2 ある史料に業者の供述として、軍部が紹介手数料などの名目で女性側が負う前借金の一割を紹介業者に支給したという趣旨の記録がある。
いずれも公金に関わると言ってよい。1については、軍がその軍事力ないし公金を使って施設を設置したことになる。戦地には様々な状況が考えられ、安定した慰安施設ができないところもあっただろう。
2につき、事実とすれば見逃せない。ただ現状では真偽が確認できないし、特殊な事例なのか広く行われたのかも分からない。だが、この支出についてはしっかり定義しておかねばなるまい。「軍が人身売買に直接加担した」と解されることがあるからだ。
前借りと引き換えに女性を女衒に委ねるのは、家制度や宗族制を保つための口減らしの意味があっただろう。女性を安全弁にして家制度を保つことはモラルに反するとして、現在の視点から簡単に非難することはできない。家が崩壊すれば、その構成員はすべて行き場を失い、路頭に迷うこともあっただろう。家制度は戸籍や税制など国家のよって立つ根幹だった。
都市部の場合はやや事情が異なっていたと思われる。やはり貧困でやむを得ず苦界に入る者が多かろうが、派手な世界に憧れ、手っ取り早く現金を稼ぐ手段として、自らの意思でこの稼業に入る者がいなかったとは言えない。
これらはあくまで私契約に基づいており、合法であって、すべてを「人身売買」と解するのは今風の解釈に過ぎまい。前借りを返済すれば、契約は終了する。
軍部が一割を支給した点につき、一応史実として、以下その性格を考証してみよう。
業者に支給したとしても、女性が負う前借りの一部として支払ったのであり、どうやら業者に与えたものではない。彼女たちの返済がその分だけ楽になる理屈である。
それでは、なぜ軍は前借りの一部を負担したのか。私は、彼女たちへのインセンティブだったと解している。戦地は危険であるし、近くに彼女たちの身寄りもいるまい。募集に応じる女性が二の足を踏むかもしれない。実際に敗走のみぎりには、相当帰還に苦労しただろう。無謀な侵略によって、公私ともに疲弊したのである。

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