千虎

「千虎」は郡上市八幡町の長良川沿いにある集落で、「ちとら」と読む。白山神社のまつりで知られている。私はその音や字面に自分の理解が届かないもどかしさを感じてきた。これを初めて見聞きする方はどうだろう。
近ごろやっとその糸口をつかめたように感じている。まずは、那比の「血取場(ちとりば)」という地名から。
昔も今も、牛馬は大切な財産である。本邦ではそれほど肉食される習慣が広がっておらず、農作業や重量物の搬送などに使役された。
無論、彼らの健康を維持することが重要であった。恐らく漢方医学に基づいていただろう。牛馬についても、血流を滞らせる瘀血(おけつ)や鬱血(うっけつ)を解決することが健康回復に重要だったのではあるまいか。集落の協力が必要だとしても、かつて専門職がいたかどうか分からない。
牛の体調が悪くなると、舌に針を刺し、塩で血を揉み出すと食欲が出て元気になったという。この他のツボからも、健康管理のため、血を抜いただろう。また血取り場で蹄を切った。
馬については、首の静脈に馬用の針(刀針)を刺して血を噴き出させという。これによって血流がよくなると言われてきた。冬の間に伸びた蹄を削るのは牛と同じ。上あごと尾の先端を焼きごてで焼く作業の意味がよく分からない、あるいは調教のためだろうか。
「血取り」は春先の行事という例が知られている。だが、祭との関連を含め、那比などは行われた時期についてはっきりしない。位置についていうと、牛馬を生産する近在の衆が集まりよいところに設定されたようだ。
那比では森地区だし、明宝の寒水では本光寺の傍にあった。同じく明宝の気良地区でも二間手との分かれ道からそれほど遠くない。千虎は長良川左岸の主要道にあるし、安久田への出入り口にもなっている。
那比や寒水の例から、この辺りでは、さほど広い場所を必要としない印象をもっている。数本の杭を打ち、牛馬を中にして止めておける空間があればよい。
音について言うと、那比の「血取場」に隣接する地が「ちば上ミ(ちばかみ)」と呼ばれている点が気になる。「ち-とり-ば」の「とり」が抜けて「ちば」と呼ぶわけだ。私はこの造語に普遍性があると解している。「ちとら」の場合は、「ちとり-ば」の「ば」が抜け、「り」が「ら」になっている。慶長の郷帳では「ちどり村」、元和二年(1616年)の村高領知帳では「ちとら村」である。
寒水では、「血取り」のイメージが余りに生々しいからだろう、屋号を変えてしまった例がある。字面や音が時代に合わなければ、屋号すらすっぱり変えてしまうわけだ。 千虎の場合、原音の一部を変えて、勇敢な地名にしたというあたりか。

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