貉(むじな)

本棚を何とはなしに探っていると小泉八雲氏の『怪談』が目についた。普段なら手に取ることもなかろうが、今回は縁があったようだ。
ふと『怪談』に収められている「むじな」を思いついたからである。近ごろ高校生の英語教材に「Mujina」が掲載されていて、「貉」について何の像も浮かばないことが気になっていた。
けっこう登場する用語なのだが、その実態に迫ったことがないのでここで取り上げてみたくなった。ただ、いろいろな情報が錯綜してまとまらない。
確か「Mujina」では、若い娘と屋台の蕎麦屋に化けて、のっぺらぼうとして登場する。キツネかタヌキみたいなものが化けたか、或いは元々こういうお化けがいるのかなと思っていた。
ウィキで調べてみて、恥ずかしながら、「たぬき・むじな事件」という大審院の判例をうっすら思い出した。
下級審では「動物学でタヌキとムジナは同一である」とするのに対し、最高裁にあたる大審院では「昔からタヌキとムジナは別の生き物と考えられてきた」というくだりがある。結局後者が判例として生き残っているはずだ。
しかし結局のところ、その後この両者の分類が当時の動物学に従っているのか、民間の伝承を受け継いでいるのか知らない。
一説によると、ムジナはアナグマだという。タヌキではない。これでよければ、ムジナとタヌキは違うことになる。
文字の観点からはどうか。「貉」の「豸(チ、タイ)」という部首を和語で何と訓むかご存じでしょうか。「むじな-偏」と呼ばれている。
なぜこれだけを取り上げて「むじな」と呼ぶのか分からない。中国古代に「解豸(カイタイ)」という神獣がいたことになっており、ひょっとすると、本邦でムジナが人を化かす妖怪として取り上げられることに関連するかもしれない。
推古紀三十五年(627年)春二月条に「陸奧國有狢化人以歌之」という記事がある。「陸奧國ニ狢(ウジナ)有テ、人トナリ、以テ歌ヨミス」と訓読している。「狢(ウジナ)」は「ムジナ」とみてよさそうだ。とすれば、ずいぶん昔から人を化かす話があるものだ。
「むじな」は「貉」「狢」という字で表される。タヌキを「貍」「狸」、ネコを「貓」「猫」とも書くので何ら不思議ではない。
ただアナグマはイタチ科だそうで、「狢」の「犭」が犬だから、イヌ科を表してしまう印象をもつ。それでも「猫」がイヌ科ではないし、それほど拘ることもないか。
「豸」がむじな偏と呼ばれていることが、「のっぺらぼう」と関連するかもしれないとは驚きだ。ふわふわして捉えどころのないのは流石にムジナである。

前の記事

牛と馬(5)