室(むろ)

じっくり取り組むべきテーマなのに、歳をとって背中を押されているような気分になったので前回に続き諏訪信仰を取り上げることにする。前回は「屋」の「至」が象形字であり、『説文』の説くように鳥が下りてくるのではなく、矢が落ちて行く点を示した。従って「守屋山」を守る宦が「守矢神長官(もりや-じんちょうかん)」である点が重要だと考えた。

今回は引き続いて「至」の入る文字を検討する。「室」は『説文』で「从宀 至聲」なので一応形声となっているが、「屋」と共に「至」に従うとして、また会意と解している。残念ながら『説文』は「室 實也」という義に説き、声訓を重視した解になっている。これもまた後漢代前後に流行った解釈と考えて良さそうで、以下『釋名』『廣雅』などもこれを踏襲し伝統化している。ところが金文から卜辞に遡ると、宀冠の字は「宗」「宮」「家」など本来宗教的な意味を持つ語が多い。ここでは「至」に従う点を生かし、矢を射ることで占った場所へ屋根をかぶせたと解す。

「屋」は死者を葬る仮屋もしくは行屋で、一時のこしらえであった。これに対し「室」は代を重ねた祖霊を守るしっかりした構造物ということになる。従って「室」は祖霊のあるところ、また連綿と儀礼の行われるところとなる。卜辞に登場する「中室」「南室」「血室」などからして、「家」などと共に恒久のこしらえであっただろう。

さて、諏訪大社上社前宮は生き神様と仰ぐ大祝(おおはふり)の屋敷跡とされる。本殿への登り口右側に「御室社」がある。岩の洞になっており、石祠(シャクシ)とみられる。伝承ではこの御室(おむろ)で大祝と神長官が冬の間三匹の大蛇と共に籠ったとされ、穴巣ごもりと呼ばれている。彼らが籠ったのはもの忌みのためだろうし、祖霊を祭ったことは間違いあるまい。

行を共にした三匹の大蛇が祖霊そのものなのか、祖霊を守る化身なのか分からない。私は大神(おおみわ)神社のご神体である三輪山の三輪は、大蛇が三輪巻いていると解していた。だが、ここでは三匹の大蛇となっており自信を無くしている。系統がやや異なるかも知れない。

守矢神長官邸の資料館には穴巣ごもりを終えた後の春祭りに「七十五頭の鹿の生首が捧げられた様子」が再現されている。これが事実に基づくとすれば、七十五頭もの鹿を屠るとなると小さな共同体では無理で、相当な国家が背後にあっただろう。「祝(はふり)」は後にランクの低い神官になり果てたが、国つ神の中では祭りの主役だった。「祝」は「屠(はふり)」で、犠牲を屠り、肉を取り分けるのは本来王の役割であった。

                                             髭じいさん

参考

『爾雅』釋宮第五・1 「宮謂之室 室謂之宮」

『説文』「室 實也 从宀 至聲 室屋皆从至 所止也」(七篇下031)

『釋名』釋宮室第十七・02 「室 實也 人物實滿其中也」

『廣雅』巻四下 釋詁・36 「室 實也」

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