日本神話
列島の古代史に関して言えば、神話なる「亡霊」がまかり通っているきらいがある。神話といっても、そのまま歴史と考えてよさそうなものや、その痕跡をはっきり残すものがある。他方で、何らかの利益を得る目的で前後を入れ替えたり、登場人物を変えたりして捻じ曲げたものもありそうだ。これらをまとめて、神話というだけで、捨て去ることは出来ないのではないか。
無論、歴史と神話は厳しく区別せねばならない。としても、神話に史実が隠れていることがあるとすれば、埋蔵文化財などと同様に、歴史学の方法でこれらを吟味し抽象することが必要だと思う。
そこで、私が神話を取り上げる際に自戒していることを示しておく。
1 自分なりに、しっかり原形を見極める。
2 自分を含め、誰かに都合のよいものは用心する。
3 地上には歴史があっても、「天」や「黄泉の国」では時間が消えてしまう。
4 根底に、神話でなければならない理由がある。
などである。神話に時間の軸を入れるのは容易でない。歴史の「真実」を知っている者であれば、「うそ」を簡単に見抜くことが出来る。だが、その真実なるものが、誰にとっても真実である保証はない。
まして、見抜く力を持ち合わせなかったり、その「真実」なるものがいい加減であれば、まったく闇の中だ。実証が難しい以上、神話の出来た過程と、新たに創作を加えた者の意図を見抜くためにも、丹念な仮説を積み上げていく他ないだろう。
若い時には見向きもしなかった神話に、愚かにも、やっと今ごろ目を向け始めるのが私流である。